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3,「人を思い通りに動かそうとするのは、心の弱さでもある」


 ブリーザ村に木材を運ぶのは、今回で三度目である。
 宿の厩に馬を預け、シャルルは村の広場に向かった。ドナルド、アネット、そしてジャンヌが、村の者たちと話し合っている輪に入る。
「おお、シャルル。今回もご苦労だったな。助かる」
 銀貨の詰まった袋を手渡され、シャルルはそれをベルトに結びつけた。
「新品の槍、シャルルさんのとこにも来ました?」
 くりくりとした青い瞳を向けてきたのは、ジャンヌである。
「来た来た。ここにも、運ばれてきたか」
 レザーニュ伯の名義で、今までよりも上等な槍が届けられたのは、昨日のことである。
「ウチは、三十本でした。叔父上のところは」
「十五本。人口に比例して、かな。徴兵がある際の、大体三倍か」
「確かに。ウチは戦となりゃ、十人前後は兵を出しますからね」
「槍は、そちらと同じものか? これだが」
「ですね。質も、あまりばらつきがない。しかし、今までになかったことですね。名宛人は俺たちとはいえ、民に武器を配るような真似なんて。叛乱を助長しないか、心配になってきますが」
 徴用兵を連れて戦地へ向かう際、その中継地点や合流場所で、武具を配られることはある。そこまでの行程は村人が自身で買い求めたものか、騎士が自前で用意したもので武装する。戦の号令を掛ける大領主が、事前に村単位で武器を配るなど、少なくともここレザーニュでは前例がない。
「レザーニュには、目立った賊徒の集団はいないからな。いても十人前後の、食い潰した者くらいだ」
 前回の戦の途上、ジャンヌ同行のきっかけともなった、賊徒の討伐を思い出す。あれは脱走兵で確かに、レザーニュには大規模な民の叛乱はないと言ってもよく、領境で時折起こる賊徒との戦いも、全て他の領地から流れてきた賊徒の集団とのものだ。
「今や、実権は夫人のフローレンス様だったか。かの御仁は、民を信用しているようだな。いや、先に信を示すことで、信を得ようということか。後者なら為政者として、私が評価するのも不遜ながら、中々の人物であるようだ」
「先の戦も、結局夫人が率いてましたしね。きな臭いと思ってましたが、俺たちからすりゃあ、立派な人物の元で戦う方がいい」
 暗に、現伯爵のジェルマンの批判になってしまったが、それを聞いてアネットが一族ゆずりの太い眉を僅かに上げて、話に加わってきた。
「これで、今の内に槍の訓練をしておけということだ。運んで来た者から、お達しがあったろう?」
「そうみたいだな。俺はその時、果樹園の方にいてな、先方も急いでいたようで、伝言だけ預かった」
「フローレンス様は確かに人物のようだが、ジェルマン様は戦に消極的でもあった。面子を保つ為の、たまの派兵しかしてこなかったからな。さて、どちらが我々にとって良い領主なのか」
「なるほど、一理ある。まあ戦となりゃあ事前に現地で使う武器まで寄越してくれるフローレンス様の方が、少しは民の側に目が行ってるような気もするんだがなあ」
 それには意味深な笑みをくれただけで、アネットは別の村人との会話に戻った。
 ジャンヌは既に、木材搬入の監督をやっている。叔父に挨拶を済ませたシャルルは、再び酒場へと向かった。
 宿の一室を借り、具足を脱いだ。一階の酒場で身体を温めるものを一杯引っ掛けてから、木材搬入の手伝いをする予定である。
「親父、ヴァン・ショーだ。ロゼで」
「おうよ。今日も冷えるからな」
 丸太のような腕をまくって、酒場の主人ギュスターヴが、鍋の中に水とワインを注いでいく。赤は色付け程度で、シャルルの好きな白ワインの割合が多い。
 酒場には他に、誰もいない。煮えていくワインに、ギュスターヴがシナモンとクローブの粉末をふりかける。町ではあの粉のシナモンがスティックになり、レザーニュ城下のような都会では、オレンジやレモンといった南方の果物の輪切りが入っていたりする。
 ギュスターヴの広い背中を見つめながら、シャルルは若い頃、この男に何度か戦場で命を救ってもらったことを、随分と久しぶりに思い出していた。ブリーザには頻繁に訪れるので、自分の村の人間の様に、馴染んでしまっている。
 ギュスターヴは、強かった。叔父はもちろん、まだ若かったシャルルよりも遥かに強い男で、戦場では本当に頼りになった。武術の嗜みはないが、膂力がまず強かった。今でも腕相撲では、シャルルが両腕で挑んでも敵うまい。
 膝に、矢を受けた。それでも仲間たちを守る為、一人で間に合わせの、矢避けの大盾を支え続けた。矢が刺さったままその日の戦いを生き抜き、矢を抜いた時から以後、この男は走れなくなった。一年かかったが、また歩けるようになっただけでも儲け物と、この男は笑っていた。叔父と同年輩で、二人は今も親友といっていい。
「あいよ。ここんとこ悪いな。これはおまけだ」
 いつの間に焼いていたのか、熱いワインの傍に、こんがり焼けたバケットの薄切りが添えられている。
「こっちこそ、悪い。美味そうだ」
 ギュスターヴは闊達で、大きな声でよく喋る男だが、叔父たちといない時のシャルルが、静かに飲みたい男であることをよく知っていた。しばし、暖炉の中で火花が爆ぜる音だけを聞いて、熱いワインを口にした。ギュスターヴは、厨房の方へ引っ込んでいる。
「親父、お代はここに置いてく。チップは弾んどいたぜ」
「温まったか。また来いよ」
 軽く手を振り、シャルルはもう一度村の広場へ向かった。冬用の外套を羽織っているが、具足なしだとやはり寒い。さりとて重い鎧を着込んで木材を運ぶ程、力が有り余っているわけでもない。
 木材倉庫へ向かおうとするが、そちらにはドナルドたちはいない様子だ。気になって振り返ってみると、見知らぬ男女が、ドナルドの家の前で、三人と話しているのが見えた。気になったので、先にそちらに寄ってみる。
 五十絡みの背の低い男と、ちょっとお目にかかれないような、金髪を後ろで結んだ美女。二人とも、眼鏡をかけている。旅人の格好をしているが、都会の洗練された着こなしを感じた。
「まずは挨拶だな。こういうもんだ」
 男が、叔父に紙片を渡した。三人がこちらに気づいて視線を送り、二人もこちらを振り向いた。ドナルドは再び、紙片に目を落としている。
「この・・・紙片は? アッシュ探偵事務所所長、マティユー。探偵とは何でしょう。それと、下に書いてあるのは住所ですか」
「名刺ってんだ。街じゃ、結構前から流行ってんだぜ」
 太い黒ぶち眼鏡の男は、ちょっと獰猛な感じで笑う。
「私のものも。同事務所所属、マティユーの娘の、シモーヌと申します」
 名刺というものはたくさん用意してあるらしく、シャルルも一枚ずつ、それらを受け取った。パリシ、ブークリエ通り東884。暗号にも見えるそれが、街で使われる住所なのだろう。
「と、これは表向きの顔だ。裏の用事があって来た。あんたがドナルド、横の娘さんは姪のアネット、ジャンヌ、で、こいつは?」
 こいつ呼ばわりは多少頭に来たが、シャルルは努めて冷静に振る舞った。
「隣村オッサの騎士で、シャルルという」
 目の合ったシモーヌがにこりと微笑み、シャルルは思わず顔をそらして咳払いした。間近に見ると、シモーヌの美貌は破壊的ですらある。外套越しにも、胸と尻が大きく張り出しているのがわかった。
「あんたが、ドナルドの甥っ子か。あんたも家族みたいなもので、秘密も共有してるだろ? 今から話すことは、この四人の外に漏れないようにしてもらいたい」
「まずは、さわりだけでも聞かせて頂きましょうか。その是非は、核心に入る前にこちらで判断させて頂きたい」
 叔父の毅然とした態度に、今更ながら感心する。黒ぶち眼鏡の小男の不遜さと、その娘とかいう今まで見てきた中で最高の美人を前に、シャルルは動揺を隠せている自信がなかった。
「アッシェン王アンリ十世陛下が、いずれアッシェン王国常備軍を編成したいと考えておられる。それなりの給金を出して、雇う形だ。兵は、そこそこ強い者を集めればいい。金の工面ができればな。が、指揮官はそうもいかない」
 マティユーと名乗った男は、そこでジャンヌに目をやった。
「ジャンヌ、お前が剣聖とヴィヴィアンヌの娘だってことは、わかっている。少し先の話になるが、いずれやってみないか」
 叔父の牽制を無視し、マティユーはいきなり話の核心に入ったと見える。シャルルはその内容にこそ驚いたが、ジャンヌは初めから何かを覚悟していたらしく、すぐに拒絶の意を示した。
「嫌です。私、おじさんの従者なんで。それよりどうして、私のこと知ってるんですか。というより、ここにいることを」
「細かい噂話を辿っていくのが得意でな。お前さん、先の戦で槍で馬をぶん投げたってな。レザーニュの少女、アルク村の近くで、お前さんに辿り着いた」
「へええ。あと、マティユーさんでしたか。あなたどうして、そんなに強いんです?」
 挑むように、そして三人を守るように手を広げて、ジャンヌは男を睨んだ。こんな顔のジャンヌを見るのは、初めてだという気がする。
「隠しているつもりが、お前さん程になると、ばれるか。驚いた。俺のそういうところを見抜けるのは、忍びでも片手で数えられる程しかいない」
「忍び?」
「密偵と殺し屋、そして工作員なんかを混ぜたもんだと思っていい」
「じゃあ、マティユーって名前も、偽名ですか」
「いや、忍びは顔を晒してる時は、大抵本名を名乗る。顔も名前も、好きなだけ変えられるからな。一生の半分近くを別人として過ごす。素顔でいられる時くらい名を明かさないと、自分が誰だかわからなくなっちまうんだよ」
 二人の間の空気がびりびりと震えているように感じるのは、気のせいだろうか。思わず、シャルルは唾を飲み込んだ。
「返事は、すぐじゃなくていい。お前さんもまだその歳だ。いきなり大将に据えるには、あまりに若すぎる。ドナルド、あんたに言っときたいんだが、これから先武功を上げるようなことがあっても、レザーニュ伯より先に王が唾をつけておいたことは、忘れんでくれよ。お前らが名を上げるようなことがあれば、フローレンスが必ず召し上げようとする。その時に俺たちのことを、思い出してくれ。陛下もジャンヌを欲しているとわかれば、フローレンスも手を引かざるをえないだろう」
「私を無視して話を続けないで下さい。アンリ王は、私のことを知ってるんですか」
「名は、伝えておいた。両親については、パンゲアで知らぬ者の方が少ないだろう。娘がいることは、陛下も初耳だったがね」
「マティユーさんは、以前から私を知ってたと」
「娘がいて、名がジャンヌということくらいはな。あらためて、母親の若い頃にそっくりだな。髪の色は違うが」
「両親のことも、見たことがあるんですね」
「あのなあ、俺も結構な歳なんだ。だからお前さんが生まれる前の、ゴルゴナで開かれた伝説の武闘会を、この目で見ている。”剣聖”とその弟子”反射の”ヴィヴィアンヌの戦いは、事実上の決勝戦とまで言われたんだぜ?」
「え、お父さんとお母さん、その場で戦ってるんです?」
「ハハハ、言ったろう。お前さんが生まれる前から、二人を見ているって」
 その一言は、ジャンヌの警戒心を和らげさせるに充分だったらしい。理屈はわからないが、武人同士というものは、シャルルの理解を超えたところで急に親密になったりする。
「やだなあ。お父さんとお母さんがその話題を避けてた理由が、ようやくわかりました。えっと・・・どちらが勝ったんです?」
「そりゃお前、二人に聞けばいい」
「うわあ、意地の悪い人ですねえ!」
「ハッハッハ。大きな町に行って、そこそこの歳の奴に聞いてみろ。誰でも知ってるぞ」
「えっ、えぇ・・・やっぱり教えてくれないんだ。そういえばおじさん、今まで聞いたことなったですけど、実は知ってたりします?」
 ドナルドを見上げるジャンヌの顔は、すっかり年相応のものに戻っている。
「いや、前にも話したが、私はそういうことに疎くてな。ここではそういった情報もあまり入ってこないし、たまに来る吟遊詩人の脚色された歌くらいで、誰が優勝したくらいしか知らないんだ」
「アネットさんは? 知ってそう。あ、でも知ってたら」
「隠す理由がないよな。私は参加者と、決勝、準決勝の組み合わせくらいしか知らないんだ。となると・・・」
「あっあ、それ以上はいいです。猛烈に気になって来たので、次の市の日は、私、聞き込みに回ってもいいですか」
「構わないよ。私も気になってきたな」
 今すぐにでも駆け出しそうに脚を踏み鳴らすジャンヌを見て、一同は笑った。すっと、シモーヌが話を差し込んでくる。
「それでは、私たちはこれで。ジャンヌさん、その時が来たら、よろしくお願いしますね」
「いや、えっと、私はおじさんの従者なんで・・・」
「ドナルドさん、ジャンヌさんに武功を立てさせてあげて下さい。率いる村人のこともあり、きっとあなたの性格では犠牲を出してまで前に出ることはないでしょう。それをわかった上でなお、よろしくお願いします」
「善処しましょう。私もこの子が、もっと大きな舞台で輝けることを、切に願っている一人です」
「おじさん、そんなこと言わないで下さいよう」
 シモーヌが、ちょっと意味有りげな視線をシャルルに送る。二人の関係性、叔父はともかく、ジャンヌがドナルドに惚れていることを見抜いたといった目配せだ。人差し指を蠱惑的な唇にそっと当て、片目を閉じてみせる。自分に当てられたものでないとわかっていても、胸がどぎまぎとしてしまう所作だ。シャルルから視線が外れた後も、眼鏡の奥の金の瞳を、ついつい覗き込んでしまう。
「二人は、この後どこへ。お時間あるようでしたら、今晩は村でもてなしますが」
「せっかくの申し出だが、先を急いでいてな。指揮官候補は当然、ジャンヌ一人じゃない。帝国との国境沿いにも、これはという人物がいてな。そいつは今すぐにでも戦場に出られる実績と兵がいるが、こいつとの交渉は、難航しそうだ。ここみたいな、軽い挨拶ってわけにもいかない」
「きっと、名のある方なのでしょうな」
「名が売れてるってわけじゃないがな。先の戦、ゲクランがアナスタシアの獲得に動いたってのは知ってるだろう? 生憎、お前さんたちと轡を並べる機会はなかったが」
「青流団を率いた、大陸五強の御仁ですな」
「ゲクランがパリシ解放に当たって、欲しかった将が、何人かいる。一人でも戦場に引っ張り出せりゃあ、あの戦に勝てるかもってな。一人はそのアナスタシア、もう一人は”鋸歯の”リッシュモン。三人目が、俺らが今から会いに行く奴だ。実力的に、三番目ってわけじゃない」
「二人とも、高名だ。そのお二人に、劣らぬ軍人であると」
「アナスタシアもリッシュモンも、開戦前に国外に出ちまったからな。アナスタシアが再びパリシに顔を出す僥倖がなかったら、そいつを引きずってでも連れてくるつもりだったそうだ。これは、本人から直接聞いた話だがな、ゲクランが持ついくつもの領土の内、伯領の二つ三つはくれてやってもいいとすら考えていたそうだ」
「それは、また」
「世間じゃ、あまり名を知られていない。ゲクランは既に、アナスタシアを手にした。なので今の内に俺らが、そいつに事前交渉だけでもしておこうと思ってな。パリシ包囲にも金だけ出して兵の一人も出さなかった、つまり簡単に国境から引きはがせる奴じゃないが。おっと、ここまで話すのはジャンヌ、お前さんがいつか、こっちについてくれると信じてるからなんだぜ?」
 マティユーにそう言われたジャンヌは、露骨に嫌そうな顔をした。
「ったく、つくづく可愛げのない娘だ。とにかくこのことは、内密に頼む。つっても、忍びに拷問されるようなことがあったら、吐いていいぜ。その程度の話しかしなかった。が、今の段階でジャンヌの存在がばれると、アングルランドが暗殺にくるかもしれないからな。表舞台に立ちゃあ、露骨な暗殺はかえってアングルランドの評判を落とす。三人の王子を暗殺した時の様に、俺が傍にいないわけじゃないんでな」
 噂の水準ではあったが、アッシェン先王の王子暗殺は、アングルランドの仕業で間違いがないらしい。新王誕生ですっかり噂話の主役から下りたが、以前はシャルルたちの村でも、その話で持ち切りだった。
「アングルランド側も、ジャンヌのことは知っていると?」
「どうだろうな。戦場でこいつが暴れたところを、見た奴もいるだろう。お前さんたちが捕まえた騎士どもが、話しているかもしれんし。まあ騎士の名誉に懸けて、こんな小さな女の子に捕縛されたとは、そうそう言えることじゃないだろうがよ」
 マティユーが、大声で笑う。比較的特徴的な外見をしているにも関わらず、黒縁眼鏡の小男という以外に、後々思い出せそうにない男だと、シャルルは思った。今見せた笑い方が、それまでの印象と違うからかもしれない。見せる表情の一つ一つが別人のようにも感じて、なにか一人の男と話しているような気がしないのだ。
「んまあ、アングルランド側の忍びでジャンヌに危害を加えられそうな強者は、一人しかいない。そいつは今頃アングルランドを守ることに手一杯で、こんな田舎に飛んでくる余裕はないだろうよ。が、尖兵の忍びを調査に当たらせることくらいはあるかもな。ジャンヌ、お前ならわかるだろうが、しばらくの間、怪しい奴がうろつく気配があったら、名刺の住所に手紙を出せ。こっちも余剰の人員はいないが、なんとか二、三人、腕の立つ、それと忍びに鼻の利く奴を送ってやる」
「ええっ、マティユーさん以上に怪しい人なんて、存在するんです?」
「ハッハッ! つくづくお前って奴は。まあいい。次に会うのがいつになるかわからないが、その時までに大人になっておけよ」
「それでは私たちは、これで。ドナルド様、静かな暮らしを乱したこと、どうぞご容赦下さい」
 言って、二人はその場を立ち去った。
「ちょっと、驚くような話でしたね、叔父上」
「ああ。だが一つ、道はできたという気がする」
「もう、私の話なんですから、勝手に話進めないで下さいね」
 頬を膨らませ、ジャンヌが叔父に抗議する。
 ふと目を上げて、すぐにあの二人が只者じゃなかったことを痛感する。わずか数秒でどうやって、とシャルルは思う。そもそもどの方角から、二人がこの村を出ていったかがわからない。
 それくらい忽然と、二人の忍びは姿を消していた。

 

 一瞬だけ、エルフは本当に驚いたような顔になった。
 すぐにいつもの、鋭さと柔和の入り混じった微笑で、ロサリオンは答えた。
「しかし、いいのですか。私はともかく、ライナス殿は多忙を極めているでしょう」
「だからこそ、といってはいけないのかな、少しゆっくりとした空気が吸いたいと思いましてな。友を悼む気持ちは、駆け足で向き合ってはいけないとも思う。今週末からしばらく、ロンディウムを離れます。逆算して明日から三日は、私が現場で指示を出さなくてもよい形を整えました」
 紙巻き煙草に火を着け、ロサリオンはその僅かな間だけ、逡巡しているようだった。
「まだ、立ち直られてはいないでしょう。あるいは、今後も。ただ私は、一人でも行くつもりではありましたが」
「三日四日で、ロンディウムが危険に晒されることもないでしょう。青流団は、ベルドロウに任せられます。この戦が終わってから、などと自分を律してもいました。しかし、あまり意味のないことだ。私も、ジネットの墓参りに同行させて下さい」
「立場が、逆になりそうですな。ただ黙ってあの人の墓を参るよりは、夫のロサリオン殿がいた方が、そう思ったのです」
「二人で訪れた方が、妻も喜ぶでしょう。元気でやっている、そう伝えられれば」
 ロサリオンの妻ジネットが他界し、彼がロンディウムに来てくれたのは、まだ熱い日の盛りだった。遡ってライナスがジネットと最後に会ったのは、まだ春先のことだったか。
 ジネットの墓参りは、いずれしたいと思っていた。そう思っている間に時は過ぎ、気づけば何年も経っているということも、あるかもしれない。
 時間はないはずだったが、作った。与えられた時間で仕事に追われていると、時間の作り方を忘れてしまいそうだった。レヌブランの今後の動き次第では、それを作ることも困難になるだろう。真っ先にアヴァランを落としたことには驚かされたが、アッシェンとの同盟、二剣の地への侵攻までは、ライナスの予想の範疇を超えてはいない。
「明朝七時の出発としましょう。供回りは、こちらで用意します」
「わかりました。旅の準備を整えておきます。しかし三日となると、道中は野営ですか?」
「いえ、街道は外れますが、日暮れまでに一度街道に出て、馬車宿の予定です」
 ロサリオンが頷き、ライナスは青流団の兵舎を出た。城外に急遽建てた兵舎なので、少し造りが荒い。機能性は問題ないはずだが、大陸最強の傭兵団の兵舎である。城内に立派な兵舎を用意しておくべきだと思った。
 青流団とアングルランド宮廷の契約期間は五年だが、ライナスとロサリオンの関係が続く限り、契約はその後も継続していくものと思われる。青流団が流浪であったのも、真の主ロサリオンの帰還を待っていたからなのだ。アッシェン時代、ゲクランに城を提供される話もあったそうだが、ベルドロウはそれを固辞していた。
 翌朝、供回りたちを連れて、再度兵舎を訪れた。
 門の前では既に、轡を持ったロサリオンが待っていた。本人はいつもの二刀ではなく小剣を一本腰に差しただけの軽装だが、その横に具足姿のルチアナが立っていた。
「すみません、彼女がどうしてもついていきたいと。宿代は、こちらで持ちます」
 ルチアナを見やると、彼女は長い睫毛の目を伏せて一礼した。青流団の麒麟児。静かな佇まいの中でも、冬の朝の空気すら斬り裂きかねない、鋭い気を発していた。
「いえ、そのくらい。しかしルチアナは、どうして」
「団長に、万が一のことがあってもいけませんから。面倒は掛けさせません、よろしくお願いします」
「ルチアナ、その言い方はライナス殿の護衛に失礼だ」
「申し訳ありません。そんなつもりで言ったわけではないのですが」
「ハハ、いや、ルチアナ程の使い手が来てくれるなら、一層心強い。道中に賊徒の影はないが、街道に出るのは馬車宿に寄る時だけになる。森のあやかしに遭遇することもあるかもしれない。こちらからも、よろしく頼むぞ」
 供回りの一人に先導される形で、街道を西に向かった。ロンディウムが見えなくなった辺りで、脇の小道へと入る。道はあまりよくないが、馬が消耗するほどでもない。
 この道はよく、ロサリオンの家を訪ねる際に使っていた。前回使った時は、半ばパリシを手中に収められると踏んでいたし、レヌブランの独立など、可能性すら考慮できなかった。ただ、物事が全て上手くいくわけではないことは、五十年近く生きている人間だったら、誰でも知っていることだ。
 予測し、行動する。あまり予想を外さないライナスだけに、失策があれば驚き、多少の動揺もある。が、歳を取ることでそれを隠したい時には隠せるだけの自制は得たし、心中の立ち直りも早くなった。もうひとつ、そういったことにどこか、拘泥しない自分もいた。
 やるべきことが定まっていれば、壁に打ち当たった時にそれを乗り越えるべきか、迂回するべきかの判断がついてくる。引き返してもいい。若い頃はそれを時間の浪費と焦る自分がいた。老いることで、時間の価値が落ちていると気づいたのは、四十を超えた辺りか。
 時間を掛けてやるしかないという決断は、若者には難しいことだ。二十代の五年と四十代の五年では、やはり価値が違う。
 パリシ奪取に失敗した時点で、五年は回り道をしなくてはならないなと、ライナスは判断した。それならそれでいいと、ライナスはあっさりとそれを受け入れられた。
 自分の代でアングルランドがユーロ地方を平定し、世界帝国を打ち立てることは難しいかもしれないと気づいたからこそ、どこか難題を自分一人の問題とは感じなくなり始めたのかもしれない。ルチアナや、他の若い者たちを見ていると、彼らの代に託した方が良いかもしれないとも思い始めたのだ。おかしな傷がつかないよう、何かあった時の責任だけを、ライナスが取っていけばいい。そう思い定めることで以前よりも冷静に、かつ明瞭に事態に対処し、物事を押し進められるようになった。
 これが歳を取るということなら、案外悪いものでもない。
 ロサリオンは、どうなのだろうか。森エルフの寿命は、長くて千年、概ね九百歳程と聞いている。単純に、人間の寿命を十倍にして考えるのは間違っていた。二十代頃までは人間と変わらない速度で成長し、以後は老いが始まるまでの数百年を、人間の二十代中頃の肉体と精神年齢で生きるという。三十代を前にしてどこかに老いを感じる人間とは、価値観が違って当然だろう。その最も充実した期間を、そこまで長く生きる人間ではない。なので二十代の頃にある、時間に対する焦りもないだろう。そして老い始めたエルフは、二、三十年で寿命を迎える。
 今後ろを駆けている森エルフの年齢は、確か七百四十三歳。見たところ老いの兆候は見られないが、老い始めにも個人差があるとも聞くので、ある日突然それは始まるのかもしれない。ライナスより長く生きるにしても、ひょっとしたら自分が生きている間に、彼の老いを見ることもあるだろう。彼の力を存分に使えるのは、ライナスの代か、あるいは次の代までと覚悟しておく必要はありそうだ。
 途中、一度昼飯の為に休憩を取り、馬車宿には日暮れ前には着いた。馬の脚を保たせる為に速度を落として駆けてきたが、さすがに一行には疲労の色が見える。最近は遠乗りすらできなかったラスナスに取っては、良い鍛錬になっていた。
「宰相、ずっと気になっていたのですが、具足を着けていない供回りの一人は、誰なのでしょう。忍びにしては、馬の乗り方も上手くない」
 離れの風呂に向かう際、廊下でルチアナに話し掛けられた。
「ああ、彼か。職人だ。中でも乗馬が得意という者を連れてきたが、さすがに我々程には乗りこなせないよな。尻が痛いと、昼飯の時に言ってきたよ」
 風呂上がりのルチアナは、少ししっとりとした髪と石鹸の匂いを漂わせており、その鋭すぎる眼光を除いても、充分魅力的だった。まだ十四歳とは思えない程の色香を漂わせているのは、その身体が大人のそれと変わらないからだろう。そんな肉体をしていてもライナスには子供としか映らないが、若い青流団の兵の中には、彼女に惚れている者は少なからずいるはずだ。
「そうでしたか。実際にそうなのか、それを模した忍びなのか、私には判別できなかったので」
 人と話すのが苦手と聞く彼女があえて問いかけてきたのは、それだけロサリオンの身を案じているからか。ルチアナのロサリオンを見る目には、彼に対する憧れを感じ取ることができる。恋なのか崇拝なのか、どちらかはわからないが、傍目にもかなりの熱情は感じる。
 ルチアナを大隊長から外したと聞き、二人の関係が悪化することを懸念していたが、二人に気まずそうな雰囲気はない。一度は、兵に落としたとも聞く。この自尊心の一際高そうな娘が、それをどう消化したのか。青流団に忍びを入れるといったおかしな詮索はしない方針なので、ライナスにはわかりようもなかった。
 次の日の午後遅く、村に到着した。
「誰か、これで村の娘たちに花を摘んできてくれるよう、頼んでもらえないか。冬に咲く花は少ない。控えめな花束となるだろう」
 供回りの一人に金貨一枚を渡し、ライナスは職人を連れて酒場へ向かった。ロサリオンは村の者たちと、広場で旧交を温めている。
「女将さん、もう荷物は届いているかな」
 外の音は聞きつけていたのだろう。前掛けで手を拭きながら、酒場の女将は厨房の方から出てくるところだった。
「あらまあ、ライナスさん。こんな大層なもの、本当にいいのかい?」
 中年に差し掛かっているが、今でも若い頃の愛嬌を残している女将である。人の好さも、顔に出ていた。
「もう少し、早く来れれば良かったのだが。この村に来る度に、よくしてくれた。これは礼だと思ってくれ」
 酒場の隅に積み上げられた木箱の一つを、連れてきた職人が開けていく。木箱は大小四つあり、中の部品を組み立てると、コーヒー豆の焙煎機となる。同時期に送った豆の袋は、奥で保管されているそうだ。
 この酒場ではコーヒーも出しているのだが、挽いた豆を通信販売で仕入れており、それらはここに運ばれてくる間に風味が落ち、日持ちも良くない。
 そもそもコーヒーが、焙じ煎った豆を挽いたものだということを知らないようだったので、コーヒーは挽き立てが美味いという話をし、焙煎機と粉挽き器を贈ることにした。前回来た時にそんな話をし、ようやく実現の運びとなったのである。
 寡黙な職人がてきぱきと機械を組み上げていく中、ライナスはいくつかの連絡先を記した書き付けの束を、女将に渡した。
「生の豆は大きな麻袋単位で買い付けるので金貨二枚前後もするが、一袋使い切る頃には、金貨三十枚以上の利益が期待できる。付近の村にコーヒーを出す村はないので、これを飲みにやってくる者も多いことだろう」
「今のコーヒーでも、都会の味だって、近隣から飲みに来る人がいるくらいなんだよ」
「ハハ、それはいい。豆を仕入れる時は、この業者に手紙を出してくれ。二袋から注文でき、ロンディウムからここまで運んで来てくれる。手紙の着く時間を考えると、二週間前から発注した方がいいな。それと、これがロンディウムでも人気のコーヒー店の淹れ方と、ラテやウィンナーといった、いくつかのメニューだ」
「あらあら。そんなそれこそ都会の味、私に再現できるのかねえ」
「女将は料理が上手いし、淹れ方も悪くない。レシピ通りじゃなくても、納得のいく味にしてくれればいいさ。流行りを真似るよりも、この村の味の方が、客受けはいいんじゃないかな。それと、機械が壊れた時の連絡先が、ここだ。そこで焙煎機を組み立てている彼の工房のものだな。修理にはまた、別の人間がやってくるかもしれないが」
「本当に、この村でちゃんとしたコーヒーが出せるんだねえ」
「修理は出張費と合わせて金貨五枚以上はかかる。最初は諸々失敗もあるかもしれないから、支度金としてこれを受け取ってくれ。隠しておいてくれよ。賊に嗅ぎ付けられるとよくない」
 ライナスは、金貨二十枚の入った袋を渡した。
「あらあらまあ。こんな大金、簡単に受け取れるもんじゃないよ」
「ここへ訪れた際、いつも暖かくもてなしてくれた。身分も明かさない内にね。そして何よりロサリオン殿を迎えてくれただけでなく、あなたの娘さんを中心に、ジネット殿の世話までしてもらった。礼を言いたいのはこちらなんだよ」
「で、でも・・・この機械自体、すごく高いものなんだろう?」
「金貨十枚ちょっとの、中級のものだ。高級なものは調整が難しく、故障も多いらしくてね。職人が近くにいないなら却って不便かとも思ったんだ。それと、私の名前は必要に応じて出してもらっていい。”戦闘宰相”ライナスの贈り物とあらば、この店におかしな危害を加えようという輩も足がすくむだろう」
「ああ、もう、何て御礼を言ったらいいのか・・・」
 女将は感激のあまり、目に涙を溜めている。
 ここは人だけでなく、エルフのロサリオンにも、既に病を得ていたジネットにも優しい村だった。
 ロンディウムでは急速に経済が発展しているが、どこか弱肉強食の風潮も強まっている。自らの損得だけで動かない、優しい人間が競争から弾き出される、あるいは食い物にされてしまうこともあった。それはライナスの求める社会の姿ではなく、様々な施策によってその者たちの救済や援助に努めている。諸外国の圧力以前に、ライナスはこの流れとも戦っていた。
 伝統なのだろう。この村の人間は大した理由もなく、人に優しかった。人に優しい者が報われない世など、潰れてしまえばいい。そう、ライナスは常々考えている。逆も真理で、この村こそ報われるべき人々の集まりである。
「礼は、こちらがしている。それと、今晩はここに泊まるぞ。兵たちには、たらふく食わせてやってくれ」
 女将に手を振り、ライナスは外に出た。ロサリオンは既に、冬のそれを集めた花束を手にしている。
 ライナス、ロサリオン、ルチアナの三人で、村の外れの坂道を登った。日が、弱くなり始めている。左手は谷間となっており、葉を散らした木々が、それでも山腹に落ち着いた彩りを与えていた。清澄な景観である。吐いた息の白さすら、ここでは美しいと感じた。
 途中、ロサリオンとジネットが住んでいた家を通り過ぎる。
「家は、譲りました。今は女将の娘と、先日結婚した夫が、暮らしているそうです」
 目を細めて、ロサリオンが言う。ルチアナは襟巻きを口元まで上げて、それをしばらく眺めていた。
 谷沿いの道をしばらく登ったところに、この村の墓地があった。村の規模に対して、墓の数は多い。ここで多くの人間が生活を営んで来たという、歴史である。ロサリオンは何の迷いもなく、ジネットの墓へ向かった。
「お二人から。私は少し、ジネットと話をしてから行きます」
 ロサリオンから花を分けてもらい、それを供える。十字を切って、ジネットとの思い出に、しばし耽った。顔を上げると、ルチアナが目元を拭って立ち上がるところだった。面識はないはずだが、彼女なりに思うところがあったのだろう。
 墓の前に跪いたロサリオンは、静かに拳を包み込み、目を閉じた。エルフの神は多神教で、かつ一柱の神が多面的な性質を持つという。そのどれかの神に祈り、ジネットに語りかけているのだろう。
 エルフは、彫像の様に動かない。外套の端が、冷たい風で揺れていた。
 目で促し、ライナスはルチアナと共にその場を離れた。
「宰相は、奥様とは親しかったのですか」
 帰り道、ぽつりと呟くように、ルチアナが言う。
「過ごした時間は、それほど多くない。ただ短い付き合いでも、通じ合えるものはある。私にとってジネット殿は、ロサリオン殿の奥方であるよりもまず、ジネット殿そのものだった。彼を通じて知り合ったとしても、彼を通じた理解ではない。あくまで、私と彼女の絆だ」
 頷き、ルチアナは寒風に赤くなった鼻に、手をやった。
「宰相たちが、少し羨ましいです。私にはどうしても、人と絆を結ぶことができません」
「青流団で、孤立しているのか」
「いえ、好かれてはいないにしても、世話を焼いてくれる人はいます。私が世話をすることも多いのですが」
「なら、それが絆だ」
「役割分担のようなもので、私も仕事の一環であると捉えています。通じ合っている、そんな気がしないのですが」
「お前を見てしまうと私すら勘違いしてしまうのだが、まだ、子供なのだな。大人になると、自然とわかる時が来る」
「少し、ずるい言い方です」
「ハハ、心を開ければ、子供にもわかることだったな。大人になると、自然とそれができるようになるという意味だ。傷つくことに、慣れるからかもしれない。お前には、難しそうか」
「そうですね。とても、難しい。上手く、人を信頼できないのです。期待をすると、裏切られる気もします」
「他人が、自分の思うように動くわけではない。人を思い通りに動かそうとするのは、心の弱さでもある」
「私のことを、事前に調べているんですか。見透かされているようです」
「いや。ただ、セシリア・ファミリーのロベルト殿と、アンナ殿の娘だ。絆は感じている。セシリア殿に、世話にもなったしな」
「それで、私のことがわかるんですか。私の性格は、人の好い両親とは似ていない」
「わからないさ。だから今こうして、わかろうとしている」
 狷介な娘だとは、噂程度で耳にしている。武人としても軍人としても、天稟に恵まれているとも。”囀る者”から報告書が上がっているが、それ以上の情報は、あえて目を通していない。会う機会があるのなら、自然とわかることだとも思っていたからだ。
 パリシ攻防戦、直接青流団とぶつかり合わなくて、良かったとも思う。可能かどうかは別として、あの戦場で対峙していたら、このルチアナの首は確実に狙っていたと思う。その後に青流団がアングルランドに着く予定があったとしても、その場を生き抜く為に、未来の大将候補の芽は摘まねばならなかっただろう。そして斬った後、セシリアたちに申し訳ないという気持ちに、いくらか苦しめられただろうと思う。
「本当に小さかった頃のお前に、私は会っている。覚えているか」
「初耳です。驚きました。とても、幼かった頃の話ですよね」
「そうだな。今もだが、私は元々地味な男だ。リチャード王と一緒にお前を抱き上げたが、覚えているならあの巨体の王の方だと思ったよ。高く持ち上げられ、お前はひどく泣いていたからな」
「宰相には、華があります。けれど、お二人の記憶は・・・」
「まあ、覚えていなくて当然か。あの家で育てられたのだ。強くなると思った。ここまでになるとは、さすがに予想外だったが」
 ライナスは笑ったが、ルチアナはまた襟巻きを口元に上げ、しばらく黙ったままだった。
 村の灯りが見えてきた。風に乗ってここまで、コーヒーの豆を焼く、芳香な匂いが漂っていた。
「私、団長の支えになりたいんです。でもどうすればいいか、わかりません」
「強く、なることかな」
「また・・・ずるい言い方です」
 夕暮れに染まるルチアナの顔は、耳の先まで紅潮していた。彼女がロサリオンに、どんな想いを抱いているのか。
 それを詮索するのは、やはり無粋というものだろう。

 

 

 

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