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プリンセスブライト・ウォーロード 第21話

「この戦の勝利こそが、北の動乱の狼煙となろう」

 

1,「今でも恋慕の残り火くらいは、胸の内に残っているかもしれない」

 原野を埋め尽くす天幕の群れは、壮観だった。
 街の大通りを思わせる規則正しい天幕の空隙を、エドナは供回りを引き連れ進んでいた。軍議用の幕舎には、既に主立った将が集合している。今日は風が強く、蠢く天幕の群れは、色とりどりにも関わらず、時化の海面を想起させる。
 幕が開けられ、エドナは上座へと腰を下ろした。諸侯の視線が自分に集まると共に、場を沈黙が支配していく。
「これより、対ノースランド軍の軍議を始める。戦略目標は、ハイランド城。副官から、作戦の説明がある。後に、貴公らの忌憚なき意見を聞きたい」
 副官の一人が張り出された地図を指差しながら、説明を始める。エドナは、幕舎の柱に寄りかかっているマイラの方へ目をやった。忍びは地図の方に目をやっていたが、やがてエドナの視線に気づき、微笑を添えた目礼を返してきた。
 ハイランド城攻略の為に集めた兵は、七万である。ハイランド城に籠る敵軍の数は、一万五千前後と推察される。いつどこで起こるかわからない、小さな叛乱鎮圧の為、近隣に散らしていた兵たちだが、質量共に、城攻めに充分な戦力は集められたといっていい。
 問題はやはり、ノースランド軍に”熱風拍車”ウォーレスがついているということだろう。攻城戦の前に一度、野戦でこちらの兵力を削りに来るはずだ。名将であるがゆえに、籠城を中心とした戦は避けたいのではないか。攻城戦は、名将と凡将の力量の差を縮める。城に立て篭る名将は、籠城に特化したような特殊な将軍でない限り、力を持て余す形になる。
 大陸五強最強の男ウォーレスは同時に、最高の名将でもある。轡を並べることの多かったエドナは、長くその至高の戦振りを、一番近くで見てきたといっていい。同兵力の野戦で彼に勝てる者は、現状どころかこれから先も現れることはないだろう。ロサリオン率いる青流団の指揮はまだ見ていないが、いかに最強の傭兵団と謳われても、ウォーレス程ではないだろうと、エドナは考えている。
 が、エドナもまた、アングルランド軍の頂点たる、元帥である。ウォーレスがいた時には、彼に次ぐ将であるという自覚があった。戦略眼では宰相ライナスに劣るかもしれないが、実地の戦では、おそらく今のエドナの方が、ライナスよりも良い指揮を執れる自負がある。
 つまるところ、今はエドナが名実共に、アングルランド軍最高の指揮官だった。
 そのことに、気後れも気負いもない。ゆえにこそ、思う。
 唯一エドナが軍人として仰ぎ見るウォーレスを失ったのは、あまりにも痛い。叛乱鎮圧後、彼の死罪は免れないだろう。アングルランドは史上最高の軍人を、永久に失った。
 ふと、斜向いに座っているラッセルと、目が合った。父リチャード王の血を、その体格だけは色濃く受け継いだ、エドナの弟。そのいつもは優し気な瞳に今は、落胆の色が濃い。ウォーレスを、兄の様に慕ってもいた。ウォーレスもまた、ラッセルを一人前の、いやそれ以上の軍人に育て上げた。エドナとはまた違った趣の絆が、二人の間にはあったことだろう。
 副官の説明が終わると、諸侯の質疑が始まった。副官たちに答えられることは任せておき、エドナが判断することにおいてのみ、自身で答える。作戦は単純で、その分遺漏ない形に仕上がっているはずだが、こうした軍議の場では、思わぬ上策が出ることも少なくない。思って、エドナは眉間を押さえた。そうだった。軍議で作戦に最後の味付けをしてくれるのは、いつもウォーレスだった。
 諸侯の醸し出す雰囲気は、概ね楽観的である。ウォーレスが相手ということで最低限の緊張感は保っているようだが、彼岸の兵力差とエドナへの信頼感が、この作戦は勝てると、諸侯にいらぬ安心感を与えてしまっているようだ。せいぜい、ウォーレスと直接ぶつかる部隊が自分のところでなければいいと、危惧するのはその程度か。
 無論勝つつもりでいるが、エドナの見立てでは、この戦は五分である。今のウォーレスには、彼自身がこれまで鍛え上げてきた中核の軍がわずか千程しかいない、後は正面切った実戦経験の少ないノースランド兵ばかりだということを差し引いても、さらにこちらは徴用兵と同じくらいの割合の正規軍がいるということを足したところで、それでもせいぜい互角である。”熱風拍車”ウォーレスは、決して甘い相手ではない。
「ハイランド城を包囲した後は、城下は焼き払ってはいかがでしょうか」
 若い、といってもエドナと同年代であろう諸侯の一人が言った。
「考えてはいない。民の、その後の暮らしはどうなる」
 エドナが答えると、その青年は鼻で笑ってから続けた。
「しかし元帥、奴らは民も含めて、我々に叛旗を翻しているといっていい。戦う者が少なくとも、遊撃兵を匿ったりはしているでしょう。敵です。今後の展開もあります。見せしめに大きな町の一つも焼き払っておいた方が。それがハイランド城となれば、効果も決して小さくないかと」
 エドナは一度天井を見上げた後、大きく溜息をついた。煙草は少し前にやめたが、今だけは心底、あの一本が欲しいと思ってしまう。
「私は今も、ノースランド人をアングルランドの民と考えている。我らが民に手をかけるなど、食い潰した傭兵か、賊のやることではないか。いや、貴公に悪気あっての意見と決めつけてはいけないな。が、私の言っていることもわかるだろう?」
「ええ、もちろん。しかしやはり、叛乱軍は民の間に紛れ込みます。というより、兵か民かの境界が曖昧だ」
「それも、わかる。だがここは、武器を持ってこちらと対峙する者を、叛乱軍と定義しようではないか。民草を疑い始めると、歯止めがきかない」
「これは、ノースランド人を根絶やしにできる良い機会では?」
 他の者が言い、エドナはおや、と思った。先日までは、軍議の場で決して出て来なかった意見である。そうか、この戦でノースランド人そのものを殺したいと思っている諸侯も、存在するのか。アングルランド人とノースランド人の仲は、総合的に見て、もちろん良いというわけではない。ただ商売の付き合いは普通にあるし、双方の血を継ぐ者も、少なくはない。歴史的に見ればパンゲア中部から侵略してきた人種的には我らアングル人と、先住民ケルトである彼らとは、どこか相容れないものがあるのも事実である。
 だが、そこまで歴史を遡って正当性を問うのなら、大昔にこの地を守る戦いに散った、伝説の女王ブーディカを名乗るハイランド公ティアに大義がある。本来糾弾されるのはこちらの側であればこそ、無用な流血は避けねばならない。古来何度かノースランドの叛乱はあったが、鎮圧、慰撫に努めてこれたのは、こちらが無駄な血を流さなかったからに他ならない。
 なので諸侯の言葉にいくらか虚を衝かれて、エドナはしばし言葉を失った。
「奴らを皆殺しにしてしまえば、そもそも今後も叛乱懸念自体がない」
「そこまでしなくとも、村の一つ一つを焼き払っていくのはどうでしょう。奴らもいずれ音を上げるか、軍としての姿を現し、我らに決戦を挑んでくるのではないでしょうか。それを、一網打尽にできれば」
 何か、以前にはあった箍ががひとつ、外れてしまっている。もはやエドナとの質疑を超えて始まった議論に、愕然とする。やはり、ウォーレスなのか。あの男がノースランドの血を引いているということで、皆こういった発言を遠慮していたのか。エドナのいないところでは、当たり前に交わされていた内容なのかもしれない。
 しばし、彼らの言葉に耳を傾けた。そもそもこの指揮官たちの態度が、ウォーレスを追いつめていったとだと、あらためて感じる。ふつふつと、どす黒い何かが、エドナの内側から這い上がってる。
「すまん、マイラ。煙草を一本だけくれるか」
 柱の方から、マイラが歩み寄ってくる。エドナはこの娘が煙草を吸っているところの記憶がないが、変装することも多い忍びである。そういう人物を演じることもあるだろう。
 隠しから煙草入れとマッチを取り出したマイラは、少し心配そうな顔でエドナを見つめた。
「お口に合うか、わかりませんが」
「何でもいい。それとこれを、最後の一本としたい。やめるのには、苦労したからな」
 煙草をやめたのは思うところあってというより、量が過ぎた自覚があったからだった。元帥であるという重圧は、やはりどこか気持ちを蝕む。
 二人の様子を見て、諸侯も何か感じ取ったのだろう。不意に訪れた静寂の中、エドナは煙を胸の奥底まで吸い込んだ。
 少し強く吸い過ぎたか、紙巻き煙草はその一吸いで、半分以上が灰となっていた。
「やむを得ない場合を除き、ノースランドの民に手を出すことは、禁ずる」
 それだけ言うと、エドナは残りをもう一息で吸い終えた。
「や、やむを得ない、場合とは」
「先程言った通り、民と思っていた者が突然、武器を持って襲いかかってくる。そのくらいしか、私には思いつかないが」
 エドナが言うと、その将は青い顔をして頷いた。押し殺したつもりだが、その男はエドナの怒気を、充分に感じ取ったらしい。
 軍議は、それで散会とした。ラッセルはまだ、席を立てないでいる。
「あらためて、すまんな。お前とウォーレス殿を、戦わせることになってしまった」
「い、いえ、姉上の心中を察するに、俺だけが弱音を吐くというわけにもいきません」
 ラッセルは巨体を折り曲げるようにして、じっと卓の上を見つめていた。具足越しの肩を何度か叩き、エドナは弟を励まし、あるいは慰めた。幕舎から去るラッセルの背中は、あれだけ広いにも関わらず、とても頼りないものに感じる。
 まだ残っているマイラに、エドナは声を掛けた。
「すまん、もう一本だけくれるか。私も、弱いな。やめると決めたが、もうこの有様だ」
 差し出された火に、エドナは従った。今度はゆっくりと、味を楽しむ。
「吸いたい時に我慢するというのは、元帥のような重圧に耐える立場だと、かえって身体に悪い気もしますが」
「そうだな。が、次の一本は、ウォーレス殿を討ち取った時にしようと思う。彼の首を刎ねた時、私にも涙をこらえるものが必要だろう」
「私も、ウォーレス殿をお慕い申し上げておりました」
 マイラは大陸五強という存在に、格別の想いを寄せている。
「煙草の礼だ。お前には、誰にも言っていなかったことを話しておこう」
 マイラが、首を傾げる。
「実は私の初恋は、あの人なんだよ。ひょっとしたら、今でも恋慕の残り火くらいは、胸の内に残っているかもしれない」
「それは。私からは、なんと申し上げてよいものか」
「王の嫡子、女とはいえこの身は第一子でもある。そのことは、私に初恋を思いとどまらせるに、充分なものだったよ。軍人として彼は仰ぎ見る高みだとしても、貴族としての格が違い過ぎた。そもそも当時はウォーレス殿の細君も存命だったしな。それから私も、亡き夫との間に、二人の子を成した。時は、流れてしまったのだな」
 紫煙が天幕の中を泳ぎ、漂う。先端に触れられないくらいの熱を抱きながらも、煙草の煙同様、吹けば飛ぶような何かだったのかもしれない。
「大分、気が晴れた。ここまで誰にも言わずに、秘めてきた想いなのだ。聞いてくれたのがマイラで、良かったとも思う」
 灰皿に、残り火を押しつける。今はこれ以上、それを欲しいとは思わなかった。
 どこか思い詰めたようなマイラに、エドナは笑いかけた。
「つまらないことを、聞かせてしまったかな」
「いえ、とんでもない」
 胸に手をやって、マイラは目を閉じた。少し、頬に朱が差している。その若さでエドナ以上の陰惨な修羅場をくぐり抜けてきただろうに、中々可愛らしい顔をする。エドナは少しだけ、この忍びを羨ましく思った。
「それより、マイラに頼みたいことがある。宰相府に問い合わせてもいいのだが、直接お前に相談した方が、話が早い気がしてな」
 軍務大臣もいるにはいるが、軍務省の仕事は各戦線への予算配分と物資の調達が主で、軍人そのものに対する要望は、貴族間の調整に長けている宰相府に直接問い合わせた方が早い。軍人の名簿の把握も、宰相府や”囀る者”たちの方が長けていた。
「何なりと」
 軍事に関わるものと察したのか、マイラの顔は既に忍びのそれに戻っている。
「私の部隊の副官を務められる者を一人。それともう一人、ラッセルと並んで、私の腹心となれるような指揮官が欲しい。当てはあるか」
「今回の戦いには、間に合いませんが」
「だろうな。もう一週間と経たず、私とウォーレス殿は矛を交えていることだろう。結果がどうなるにせよ、その先を見据えてだ。今回の陣容も悪くないが、飛び抜けた者がいない。兵力、補給に問題はないが、長く平定戦をこなしていくのに、その部分での多少の不安がある」
 マイラはしばし形の良い顎に手をやり、地図を見つめた。
「副官の方は、実績なく能力だけで良いのでしたら、正規軍の中から捜してみます」
「頼む。三人も副官をつけているが、どれも私の考えに忠実すぎる。気づきを与えてくれるような、知恵の回る者が欲しい。多少、才気走っても構わない。年齢性別も問わぬ。年端もいかぬ思わぬ原石でも、口が過ぎて出世の道を閉ざされた古参の者でも」
「わかりました。エドナ様の期待に添える者を、見つけ出して参ります。指揮官に関しては・・・アンジェリア様はいかがでしょう」
 懐かしい名前が出て、思わずエドナの顔はほころんだ。しばらく顔を見ていないが、幼馴染みと言っていい。子供の頃はよく遊び、喧嘩もした。
「サンドウィッチ伯に嫁いでからは、実戦の指揮は執っていない。それと、彼女は今や、王弟派の人間だ。私はいいが、宮廷は大丈夫か」
「宮廷はもちろん、宮殿にもほとんど顔を出さず、政治的なしがらみは少ないかと。ご出産の後は、領地の兵を集めて、よく調練されていると聞きます」
「ほう。戦場が、忘れられなかったか」
「ただ元帥の仰る通り、王弟派の一人に嫁いだということで、多少の調整は必要ですね。私から申し上げた以上、宰相は説得してみせます。可否についてはあらためて、ご報告申し上げます」
 王弟派とは、父リチャードの弟たちを王に推していた諸侯で、先王の長男でありながら冒険王子などとあだ名されて、ほとんど国内にいなかったリチャードの即位はないであろうと、その弟たちを支持していた者たちだ。リチャードの即位後、ライナスによって徐々に力を削がれていき、中には大貴族もいるが、宮廷、つまり国の政事からは遠ざけられている。おかしな力を持てば、内乱の火種になりかねない。厄介払いは、当然だと言える。
 が、立場的に王弟派とみなされてしまった者たちの中にも、有能な者はいる。そろそろ今のリチャードやライナスに忠実な者であれば、人材の登用も考えなくてはならない時期だろう。
「南の戦線、そして二剣の地の属領と、前線に有能な将が出てしまっているからな。今の陣営も粒が揃ってはいるのだが、先程のやりとりを聞いていて、少し不安になった。まともに命令違反をする指揮官はいないだろうが、何かしらの工作をして、略奪に走る者が、いないとも限らない」
「北部の諸侯が集っているということで、難しい問題が出てきてしまいましたね。地の利に明るく、遠征に軍費もかからない一方、ノースランドとの確執も根深い」
「私も、どこか甘くみていたのだな。あの連中の言動を見るに、ノースランドの叛乱も頷けるところだ。おっと、これは失言だったかな」
 エドナは笑ったが、マイラは寂し気な微笑を返しただけだった。
「アンジェリアか・・・子を成して、少しは変わったのだろうか。互いに難しい立場になった為、ここ数年は書簡のやり取りも絶えていた」
「元帥とは、御学友だったのですよね」
「仲が良かったはずなのに、喧嘩ばかりしていたという気がする。いや、共に手を取り、男どもと取っ組み合ったこともあったか。小さいが、負けん気が強くてな。既に同年代の大抵の男よりも背が高かった私にも、気に食わないことがあれば平気で殴り掛かってくるようなところがあったよ。軍にも、ほぼ同時期に入った」
「大きな実績を上げられる前に、王弟派に嫁がれました」
「二人とも早くから指揮官に抜擢されて、これから軍功を競おうという時期にな。家の事情とはいえ、さぞ無念だったことだろう。”爆弾娘”などというあだ名もあった。そうか、まだ兵の調練などをやっていたのだな。しがらみが少ないのなら、ぜひ欲しい人材だ。宰相にも、よろしく伝えておいてくれ。もっともアンジェリアが私の下につくかどうか、それだけが心配だ」
 当時のエドナには見極められなかったが、今では彼女が一軍の将たるに充分な器だということがわかる。エドナとはその後の実戦経験で大きく水をあけられることとなったが、将の素質だけなら、あるいはエドナ以上かもしれなかった。兵を鼓舞するのが、特に上手かった。足りない実戦経験は、これから続く戦の過酷さ、特にウォーレスと相見えるのなら、彼と戦う一年は、他の戦地の十年分にはなろう。ウォーレスに首を獲られなければ、生き残った彼女は確かに、エドナと並ぶ指揮官となりうる。
「サンドウィッチ伯領からの徴兵ができれば、それも大きな戦力となろう。次の戦で損耗した分の、穴埋めもできる。ちょうど、ウォーレス殿が抜けたことで、中将に空きがある。あの男の穴を埋められる者など存在しないにしても、”爆弾娘”と轡を並べられれば、私も今以上の力を発揮できよう。いや、私の一つ下だから、彼女ももう三十歳か。今では”爆弾夫人”といったところかな」
「いきなり、中将に抜擢されますか。貴族の格があるとはいえ、叩き上げの指揮官から、反発されませんか」
「ここの連中には、もう忖度しないことに決めた。私の権限だ。文句があるのなら、今すぐにでも憎きノースランド軍を壊滅させてこいと言ってやるつもりさ」
 二人で幕舎から出ると、再び目に入るのは天幕の大海原である。七万の軍だ。地平まで天幕が続いている。
「そう言えばマイラ、昨日までレヌブランにいたのだったよな。一日でここまでやって来たというのは、急ぎの用でもあるのか」
「いえ、そろそろこの地の”囀る者”たちから、直接の報告と指示を、と。大陸鉄道のおかげで、教皇密会の修道院から駅まで、そしてロンディウムからここまでと、馬を飛ばした時間は数時間もないのですよ」
「それにしても、距離的にはかなりの強行軍だよな。しっかり、睡眠は取れているのか」
「列車の中で、少し。眠りが深ければ、三時間程の睡眠で、充分です」
「あまり、無理はするなよ。仕事を増やした私が言うことでもないが」
「任せられるところは、任せています。今日一日ここの仕事を済ませたら、明日にはロンディウムで羽を休められる予定です。宰相にも、アンジェリア様のことはお願いしておきます。副官候補につきましても、部下に十人程を選ばせ、私がさらに二、三人に絞った上で、元帥に推挙できればと。その際に、私が立ち会えるかわかりませんが」
「その形でいい。いずれにせよ、今回の戦には間に合わない。攻城戦となれば、季節ひとつ跨ぐような展開もありうる。急いでいないので、出来る時に頼む」
「お任せ下さい。では、またいずれ」
 小さな敬礼で別れを済ますと、ほんの一息の間に、忍びは天幕の海に消えていた。

 

 

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