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プリンセスブライト・ウォーロード 第3話
「部隊の指揮なんてしたことありません。一人の兵士として、お願いします」

 

1,「そういうことから君を守るのが、おじさんの役目だからだよ」

 初春にしては、やけに暑い日だった。
 鬱蒼とした森の中、長く続く上り坂をひたすら登り続けているので、余計にそう感じるのだろうと、ドナルドは思った。時折木立をすり抜ける微風は頬に冷たく、それで今がまだ寒い季節だということを思い出す。が、具足の中は汗ばんで、それを不快と感じる程度には、暑い。
 並んで歩く甥のシャルルが振り返り、後に続く民の列に声を上げている。
「もっとしかしかと歩け。戦場では、だれている奴から殺されるぞ」
「具合の悪い者がいたら、あまり無理せず荷台に腰掛けさせてやってくれ」
 続けて、ドナルドも声を掛けた。四十人ほどいる民の列は健康な若者が中心だが、慣れ親しんだ故郷を少し離れただけでも体調を崩す者はいる。この急ぎの道中で、病人は出したくなかった。
「叔父上、これで武具が支給されたら、ついて来れない者が出てくるかもしれません。連中のあの若さで、まったく、先が思いやられます」
「まあそう言うな。私たちとは違い、彼らはこうしたことに慣れていないのだ。体力のある者も多そうだが、それは日々の営みの中で身につけたものだ。戦う為の体力とはまた別のものだと、私は思っている」
 民の列は、徴兵された若者たちだった。
 ドナルドの主君レザーニュ伯がアッシェンの王都パリシ奪還作戦に参戦する為、大規模な徴兵が行われている。レザーニュ伯はこれまで何度も百年戦争に兵を派遣しているが、いずれも騎士を中心とした小規模なもので、指揮も部下任せ、自らが戦場に立つということはなかった。が、今回は伯自らが出陣するとあって、徴兵はかつてないほどの規模になっている。
 伯自らが出陣することになったのは、奪還軍の集結地がレザーニュの街のすぐ西になったからである。全体の指揮を執るゲクラン元帥は、パリシにほど近いあの街を、全体の集結地に選んだ。領地を集結地点に選ばれては、伯自らも戦場に立たないわけにはいかない。ただ、まだ若いレザーニュ伯に、戦場の経験はかなった。間違っても武人とは言いがたい人物で、今回の大規模な徴兵も、臆病さが先立ってのものだと噂されていた。ドナルド本人は、そこに虚栄心も入り混じっていると思っている。主君が代替わりしてからは戦地に赴く際に顔を合わせる程度だが、子供の頃から見栄を張りたがる性質だということは、それとなく感じていた。
 木漏れ日から目を背けるように、ドナルドは再び後ろを振り返った。
 一人、足を挫いた者がいるらしい。二人掛かりで荷馬車の縁に座らせていた。それを引く二頭の馬が、抗議するようにいななく。食糧や天幕といった、野営道具を満載した荷馬車である。あと一人でも乗ると、この坂道を上りきることはできないかもしれない。少なくとも、馬の息は上がり始めている。
 前方に視線を戻すと、洞窟の出口のように、光の穴がぽっかりと口を開けていた。その向こう、微かだが青い山並みも見える。アルク山だろう。その麓のアルク村に、一行は向かっていた。
 これまで回ってきた村同様、この村に徴兵にやってくるのも初めてだった。教区から渡された戸籍の写しによると、人口は五十四人。ここから三人の若者を徴集することになっていた。村には教会すらなく、日曜の礼拝には二つ先の村までこの山道を歩くのだという。
 こんな小さな村から三人もの働き手を奪うのは酷だろうと思うが、一介の平騎士であるドナルドには、どうすることもできなかった。事前に告知はしてあるが、どんな顔でドナルドたちを迎えるのだろうと思うと、胸が痛んだ。ドナルドが扶持として与えられている村も、同程度である。三人もの働き手を失うのは、痛過ぎる。
 木漏れ日。前方に一カ所、それが舞台の照明のように降り注いでいる場所がある。近づいて行くと人の背丈ほどもある大きな岩に、少女が一人、腰掛けていた。少女はこちらを見るとひらりとその岩から飛び降り、一行の行く手を塞ぐように、細い山道の中央に立った。長い金髪に血色のいい丸い顔をした、子供である。身なりは普通の村の子供といった感じだが、丈夫そうで、仕立てのいいものを身につけていた。
 ドナルドは、声を掛けた。
「お嬢さん、この先がアルク村でよいのかな?」
 少女は頷くと、腕を組んで一行を見下ろした。
「そうですよ。でも、ここから先へは行かせません」
「どういう意味かな」
「おじさんたち、徴兵に来たんでしょう? それは駄目だって意味です」
「なるほど。しかし参ったな。おじさんたちも、手ぶらで引き返すわけにはいかないんだ」
「叔父上、何故ガキの戯れ言に付き合ってるんですか。小娘、いいからそこをどけ!」
 シャルルが、甲冑を鳴らしながら怒鳴る。しかし少女に臆した様子は、まるでなかった。そしてシャルルの言葉など聞こえなかったかのように続ける。
「おじさんたちの仕事も、わかってます。そこで・・・」
 少女はにんまりと笑うと、人差し指を立てた。次いで、自らの胸を指す。
「この私が、代わりに徴兵されてもいいですよ」
 少女は何を根拠にしているのか、自信たっぷりの様子だ。ふざけたことを。つぶやいて前に出ようとした甥を、ドナルドは手で制した。
「すまないが、それはできないよ」
「え、どうしてです? 私の実力は、多分並の兵士三百人分はあると、自負しています。あ、でも・・・」
 長いスカートの裾を軽く持ち上げて、少女は困ったように笑った。
「こんな格好だと、すぐには信じてもらえませんよね。なので、試してもらってもいいですよ。こう見えて、私すっごく強いんですから」
 そう言って、少女は岩に寄りかかった。十二歳前後だろうか。胸は僅かに膨らみ始めているようだったが、まだ子供の体型である。
 生きていたら、このくらいの年頃だったのだろう。
 不意に閉じ込めていた過去が首をもたげてきて、ドナルドは慌てて首を振った。今は、感傷に浸っている場合ではない。
「試すとは、一体何をするんだい?」
「う、うーん、どうしよう・・・そこまでは、考えていなかったです。徴兵の話を聞いて、慌ててここまで駆けてきちゃったから・・・」
 シャルルが癖のある黒髪の中に指を突っ込み、ぼりぼりと頭を掻いた。仕方なさそうに訊く。
「で? なんだ、仮にお前が見た目にそぐわないくらい腕っ節が強かったとして、近隣の村の同世代の子供に喧嘩で負けたことがないとか、そういう話か?」
「あ、それは間違いないです。少なくとも私がこの辺じゃ一番・・・あ、いや、父さんと母さんがいるから、三番目か。三番目に強いです」
 シャルルは、たまらず吹き出した。ドナルドが会話を繋ぐ。
「レディに歳を訊くのは大変失礼なのはわかっているのだが、おじさんたちの大事な仕事に関わることなので、あえて訊かせてほしい。今年で、何歳になる?」
「十一歳です」
「わずか二、三年の間だが、そのくらいの年頃の女の子は、同じ年頃の男の子と比べて、腕っ節が強いものなんだよ。だから村の男の子たちと取っ組み合っても、君の方が強いというのは、よくわかる」
「あ、いや、違うんです。んー、どうすれば伝わるんだろ。熊でも襲ってきてくれれば、組み伏せて見せるんですけど」
「ああー、もういい。小娘、どけ!」
「やめろ、シャルル」
 ドナルドの制止を聞かず、甥が少女の肩に手をかけた。と思う間もなく、シャルルは地面に仰向けに倒れていた。ぬかるみに足を滑らせたのか、いや、そんな風には見えなかったが、確かに、シャルルは地面の上に転がっている。
「あ、シャルルさんっていうんですか。荒っぽい口振りだから嫌いって思いましたけど、思ったより、優しい人なんですね」
 少女が手を差し出す。ドナルド以上に混乱しているであろう甥は、何気なく差し出された小さな手を取り、甲冑の重さを感じさせることもなくするりと立ち上がった。
「あ、あ、なんだ、その、つまりだな・・・」
「お嬢さん、名は何という?」
 ひとつ息を吐き、ドナルドは訊いた。体術の心得があるのかもしれない。が、今見たこととこれからのことは、別の話である。
「ジャンヌです」
「ジャンヌ。とにかく、君を兵として取ることはできないよ。だが、困ったな」
「どうしてです? 今では、女の兵も珍しくないと聞きます。あっ、そうだ!」
 ばんと手を叩いたジャンヌは何か思いついたのか、ふわりと長い金髪を手で払い、胸を反らした。
「最初から、こう言えばよかった。私こう見えても、剣聖と"反射の"ヴィヴィアンヌの娘なんです。だから私、すっごく強いんです。ええと、これでどうですか?」
 いきなり、すごい名前が飛び出した。世情に疎いドナルドでも、その二人の名前は知っている。
 剣聖。本当の名を知っている者は少ないが、その通り名だけで充分だろう。長い間伝説と言われていたその存在が公の場に姿を現したのは、十二年前。あの、当時最強と言われていた者たちが奇跡的に一同に会した武闘会に、その男は姿を見せた。そして後の新世界秩序崩壊に、少なからず手を貸したのだという。
 "反射の"ヴィヴィアンヌは、これもまた当時の大陸五強の中で、最強と言われた戦士だった。十代の半ばにして既に素手で竜を狩り、一軍に匹敵すると言われた冒険者集団セシリア・ファミリーを、一人でのしてしまったと言われる。
 剣聖と、ヴィヴィアンヌ。果たしてその二人の間にできる子などというものが、あるのだろうか。嘘と断じることはたやすいが、冗談にしても突飛が過ぎる。ただ、そう口にしたジャンヌの瞳には、僅かの曇りすらも感じられなかった。
「へえぇ。じゃあ俺は原初にして最強の大陸五強、"灼熱の"エステバンと、"雷剣"アリエノールの直系の子孫なんだぜ。驚いたか?」
 気を取り直したシャルルが、おどけた調子で応じた。一瞬目を見開いたジャンヌだったが、すぐに丸い頬を膨らませた。
「ってもう! その二人の間に子供なんかいないじゃないですか! からかわないで下さいよ。私は本当の話をしているんですから!」
 そう言って地団駄を踏んで怒る様子は、やはりただの子供としか思えない。
 神の言葉を聞いた。あるいは神の使いである。信仰心の篤い人間が、そう信じきって周りに吹聴するのは、戦地で何度か見たことがある。その者たちは周囲を騙そうと思って言っているのではない。事実はどうあれ、本当にそう信じているのだ。そして教会によると、そう口走る者の何万人かに一人は、実際にそうであるとも聞く。
 が、頭に浮かんだその例えでは、腑に落ちないこともある。法螺を吹くにしても、剣聖や大陸最強の名を出すということがあるのだろうか。
 何よりも、肝心なことを忘れていた。アルク山は長きに渡り、そのどこかに剣聖がいると噂になっていた地域である。
 不意に冷や汗が吹き出し、ドナルドは兜を脱いだ。後退しつつある額を拭う。
「ともあれ、ジャンヌ。君を連れて行くことはできないよ」
 しかしあくまで、ドナルドがやるべきこと、やらずにおくべきことは変わらない。
「どうしてです? 私、おじさんたちより強いですよ?」
「あるいはそうかもしれない。しかし君のような子供たちを守ることが、おじさんたちの役目なんだよ」
 ジャンヌはまだ不満そうだ。その青い瞳を少し細めて、こんなことも言う。
「私、結構外の世界のこと知ってますよ。何度もゴルゴナに連れて行ってもらってますもん。このままアッシェンが負けてこの土地がアングルランドに支配されても、きっと私たちの生活はあまり変わらないです。むしろ豊かなアングルランドに支配された方が、生活は楽になるかもしれない。だから、おじさんたちが私たちを守るっていうのは、ちょっと違うかもしれませんよ」
「ふむ。君は賢いな。確かに、そうかもしれない。それなら何故君は、アッシェンの兵として戦場に行きたがるんだ?」
 かなり、意地の悪い質問だったかもしれない。彼女は戦場に出たいのではなく、この村の徴兵を止めたいのだ。が、意図的に話の筋をずらしても、少女の瞳は揺るがなかった。
「理由は、あります。何より私は強いです。それだけは、信じて下さい」
「わかった。信じよう。嘘をついていないことは、その目を見ればわかる」
 言われた少女は少し頬を赤らめて、視線を外した。
「じゃあ、おじさん、どうして・・・」
「君のような真っすぐな人間の手を、汚したくない。君がいくら強くても、そういうことから君を守るのが、おじさんの役目だからだよ」
 ジャンヌは一瞬、何かに打たれたような顔をした。ドナルドはそれ以上言葉をかけず、少女に背を向けた。
「ここは、あきらめよう」
「しかし叔父上、三人分の不足はどうされるつもりです?」
「町に着いたら、傭兵を捜してみる」
「資金に余裕はないですよ。今でも、少し俺たちが出さなくちゃいけないかもしれないのに」
「僅かだが、いざという時に金に替えられそうな物を持ってきている。それでも三人の傭兵を雇えるかは微妙なところだが、その時は私の財布の紐を緩めればいいのだ。何、これで少しはこの太鼓腹も引っ込んでくれるだろう」
 言って、ドナルドは甲冑のきつくなった腹を叩いた。シャルルは、顔をしかめただけである。
「待って下さい。あの、それだと、おじさんが困るんじゃ・・・」
 歩き出したドナルドの背中に、少女の声が届く。
「おじさんたちの我を通せば、君たちの村が困ることになる。悲しいが、結局誰かが苦しむのだ。それならば民よりも、まずは上に立つ者がそうあるべきだろう。上からの命令だと割り切ってしまう前に、おじさんももう少し、自分にできることをやってみることにするよ」
「で、でも・・・」
「気に病まないでおくれ。少なくともおじさんは、君に勇気をもらったぞ」
 この少女の言うことを聞かずアルク村から兵を徴集するというのは、この少女を戦場に連れて行くのと同じくらい、悪いことのような気がした。そしてこの小さな子供が戦場に立つといった勇気を、汚してはならないと思った。
 この少女がただのお転婆でも、実は剣の達人だとしても、同じことだった。戦場に立つということは、人を殺すということである。それが全てにおいて悪だと論じるほどに甘い人間ではないつもりだが、それでも人のある部分は、必ず穢れる。
 ドナルドたちは、山道を引き返した。
「つらい時代に生まれたものだなあ、シャルル」
「はあ・・・叔父上の言いたいことは、わかるような気がします。俺にも、その、家族がますし」
 ドナルドの過去に気を遣っているのだろう。根は真面目で、気を遣える人間である。
「しばらく見ていないな。娘は、大分大きくなったことだろう」
「まあ、中身はまだ、幼いままです」
「それくらいがいい」
 一度だけ、ドナルドは坂道を振り返った。
 少女はまだ、同じ場所に佇んでいた。こちらを向いていることはわかるが、表情まではわからない。
 ドナルドは再び、帰りの道に目をやった。

 それから、一週間の旅だった。
 森に囲まれた町に着いた時には、九十七人の兵が集まっていた。
 予定の百人に三人足りないのは、アルク村でのことがあったからである。あれ以上徴兵を拒否する村があったら、今頃頭を抱えていたかもしれない。幸いと言ってよいものか、それ以後の徴兵は順調に進んだ。
 埃っぽい広場に集まった若者たちの顔を見て、しばしドナルドは陰鬱な気分になった。どの兵も、いやまだ兵の装備すら与えられていない若者たちは一様に長旅で疲れきり、生まれ故郷を離れた動揺を隠せないでいる。賊やまれに現れる怪物に対処する為、民兵の訓練を受けた者もいるようだったが、戦となると、経験のある者はいない。猟師をしていたという体格の良い若者たちも、人相手の大規模な殺し合いなど、経験はないはずだ。
「ほぼ、予定通りですね。三人の不足分に関しては、少し上と掛け合ってもよいかと思いますが・・・」
「一応、やってみよう。雇う傭兵が三人から二人になるだけで、とりあえず私の食べる分は確保できるからな。それより、アネットはどうした?」
 既に、町の教会は晩課(午後六時)の鐘を鳴らしている。彼女とは今日の晩課の鐘までに、この広場で顔を合わせる予定だった。
 姪のアネットは、ドナルドが正規で持つ、唯一の部下だった。騎士のドナルドに対して、身分は家士ということになる。ドナルドたちのような下級の騎士でも、裕福な騎士なら一人で何十人という家士を抱えているとも聞くが、扶持の少ないドナルドでは、幼い頃から騎士になりたいとせがんでいた姪を一人迎え入れるので精一杯だった。
 アネットは血の繋がった者たちの中では、幼い頃から飛び抜けて腕っ節が強かった。剣を教えていたドナルドはもちろん、シャルルでさえも、彼女が十八になる頃には、歯が立たなくなっいた。
 初めはシャルルの家士となるものかと思っていたが、アネットはドナルドの家士になることを選んだ。どちらの家士になるにせよ、ドナルドはアネットが本格的に戦士の道に進むことには反対だった。実力は、認めている。戦場で並んで戦えば、守ってもらうのはドナルドの方だろう。その意味では彼女の命の心配を弱い自分がするのは、失笑ものだということは承知している。
 彼女に、人を殺してほしくなかった。それで彼女を家士に迎えることを拒否したが、ならばどこかの傭兵隊に入ると言われ、仕方なく受け入れた。傭兵となって常に戦場を求めるよりは、ドナルドの傍にいた方が、まだしも血を見ることは少ないだろうと判断してのことだ。
 二度、アネットと同じ戦場に立った。初めて敵兵を殺した晩、彼女はとめどなく涙を流し続けた。ドナルドは、結局彼女を戦場に立たせてしまった自分を、責めた。
 しかし次の日には、何事もなかったかのように戦場に立ち、敵を倒した。強い女性だ、とドナルドは思った。お転婆だが、同時に泣き虫だった彼女が、遠い昔のようだった。人を殺した呵責を、乗り越えたとも振り切ったとも思えない。それを受け入れ、なおも戦場に立つ彼女を、強いと思ったのだ。
 それからアネットは、優れた戦士に成長した。武術はもちろん、兵の指揮、統率に到るまで。ドナルドやシャルルを大きく上回っていた。自分にもう少し力があったなら、いや、口利きのできる機会があれば、従者に、そして正式な騎士にしてやりたいと思っている。うだつの上がらない貧乏騎士の下で、出世の道を閉ざすことはない。
「彼女が約束の刻限に遅れるとは珍しいな。伝言があるかもしれん。一足先に男爵の兵舎に行って、聞いてこよう。シャルルは、兵たちを頼む」
 頷くシャルルを置いて、ドナルドはこの町の兵舎に向かった。
 衛兵に聞くと、一度ここに立ち寄ったというアネットからの伝言は、やはりあった。最初の百人を集めるのに手間取ったので、残りの五十人を集めるのに、三日ほど余計にかかりそうだとのことだった。アネットは、一人で百五十人を集める手筈になっている。
「それより騎士様、少し困ったことがあるのですが・・・」
 しっかりとした具足と胸に胸章を着けた男爵の兵は、しかし兵という以上の身分は持っていないらしい。ドナルドのことを、騎士様と呼ぶ。
「なんだね。私にできることがあれば、力になろう」
 町の外れだが、城壁に寄り添うように作られた兵舎の周りに、人は多い。ドナルドたちの兵と同様に徴兵された者たちで兵舎は溢れ返り、練兵場にまで天幕が張られているようだ。連れてきた兵たちには今晩こそ屋根のあるところで寝かせてやりたいと思っていたが、まだ天幕暮らしは続きそうだ。
「東門から出た山道の脇に、賊が拠点を構えたようなんです」
「ふむ。被害はあったのか」
「行商が一人、荷車をやられました。馬も、連れて行かれたようです」
「そうか。男爵はどう言われている?」
 この町を治めている男爵とは面識がない。男爵はレザーニュ伯の配下だが、ドナルドは直接レザーニュ伯に剣を捧げた騎士であり、身分こそ大幅に違えど、部下、という意味では対等になってしまう。そういった関係はお互いに多少のやりにくさがあり、また男爵は戦地には赴かない為、いまだ顔を合わせたことがなかった。ドナルドは、この町には何度か訪れているが、いずれも任務とは関係のない、ただの買い物といった感じだ。
「男爵は、お前たちだけで何とかしろと。傭兵を雇っても構わないと仰ってました。騎士様なら、うってつけです」
「男爵の抱える騎士たちはどうした? それなりの数が、ここに詰めているはずだが」
「今は皆、兵をかき集める為に出払っています。新兵を除けば、今この町にいるのは衛兵の我々だけです」
「で、私に何とかしてほしいと。ふむ、私だけで力になれるかな。賊は何人くらいだ?」
「その行商の話だと、十人くらいはいたそうです。脅されて、慌てて逃げてきたんで、正確な数はわからないと」
「襲われたというより、脅されたのだな。それも一人に対して十人。賊を生業とする手慣れた連中というより、食うに困った民か、脱走兵だろう。前者だったら話し合いでなんとかなりそうだが、後者だったら厄介だな。捕まるまいと、抵抗はしてくるだろう。ふうむ、どうしたものかな・・・」
 ドナルドは白いものが混じり始めた口髭をしごきながら、思案した。日が沈み始め、狭い通りは家路へ向かう人たちでわずかに活気づく。
「衛兵の内、三人を貸してくれ。後は私と連れの騎士で何とかしてみよう。明日の朝、ここを出発することにする。詳しい場所と状況を、もう一度その行商に聞いておいてくれ」
「助かります。少しですが、謝礼を用意しておきますので」
 衛兵に手を振り、ドナルドは広場に戻った。
「兵たちは、兵舎に預ける。もっとも、まだ天幕暮らしが続きそうだが。あとシャルル、明朝、近隣の賊を追い散らすことになった。私とお前、それに衛兵が三人ほどついてくる」
「え、何でまたそんなことを。男爵に命令されたんですか? 我々は男爵の騎士ではなく、伯爵の騎士ですよ」
「男爵ではなく、その兵に頼まれた。できれば穏便に済ませたいと思っている。血を流したくはないが、少し脅してやる必要があるかもしれん」
 シャルルは癖のある黒髪を掻きながら、盛大に溜息をついた。
「叔父上は、昔から変わりませんなあ。正義感とは、少し違う。昔ながらの騎士って感じです。人のよさにつけこまれないよう、俺とアネットがいつも目を光らせているんですよ」
「愚痴なら、兵舎でゆっくり聞かせてもらう。もっとも、私たちも練兵場に天幕を張ることになるかもしれんな」
「叔父上にそんな真似はさせられませんよ。宿は取らせてもらいます。それにしても、はあぁ・・・今夜はたっぷり飲みたい気分ですよ。傭兵を雇うなんて話がなけりゃ、今晩は飲み明かせたのに」
「傭兵は、私の金で雇う。お前は好きにしていいんだぞ」
「そうもいかんでしょう」
「いや、お前の金は、お前の為に使え。もちろん、私に一杯おごるのも自由さ」
 もう一度ため息をつき、甥の騎士は大きく肩をすくめた。

 

 

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