プリンセスブライト・アウェイキング
第3話「Spiral Sky」スパイラル・スカイ
暖炉の中で、小さな火花が、勢いよく爆ぜた。 大きく見開かれた、子供たちの目。一人一人が、アネッサの一挙手一投足に息を呑んでいた。 「・・・そして石の兵士を倒した戦士は、続けざまに剣を一閃! フォティア様の大きな角は宙に斬り飛ばされ・・・すると、そのお姿は、みるみるうちに、幼い少女のものへと変わっていったの・・・」 アネッサは大袈裟に暖炉の前で身をよじる。座り込み、椅子にもたれかかりながら、話を続けた。 「・・・ありがとう、戦士様。私フォティアは今、怒り猛る絶望の業火より手を引かれ、あるがままの世界を取り戻すことができました。おお、火の巫女よ。こんな私を優しく抱き締めてくれるのですね。火の巫女よ、そして火の戦士よ。私はいずれまた、深淵の縁に足をかけてしまうかもしれません。それでもあなたたちがいれば、私はいつまでも、この世界を明るく照らし出すことができる。おお、人の子らよ」 アネッサが勢いよく立ち上がると、話にあまり関心を持たず、酒場の奥にいた人間も、思わずこちらに目をやる。さりげなく後ずさり、暖炉の火が、自分の背中で燃えているよう演出した。 「今まで通り、私はこの部屋から、あなたたちを見守りましょう。再びかまどの火となり、あなたたちが毎日口にする、あたたかいパンを焼きましょう。あなたたちの身を守る、剣の刃を鍛えましょう。人の子らよ、その勇気と慈愛を、それらが導く明日への扉を、私はいつまでも照らし続けましょう・・・!」 酒場は、しんと静まり返る。充分間を持たせてからアネッサが一礼すると、一瞬の後、割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。 「ご静聴ありがとうございました。今宵の物語、 これにて閉幕となりますが、お気に召しましたようでしたら、どうぞこの帽子の中にお志を。ささ、どうぞ遠慮なさらずに」 どっと笑い声が響くと、途端に酒場はいつもの喧噪を取り戻した。アネッサは帽子を手に、それぞれの席を回った。銅貨に混じって、銀貨を投げ入れてくれる客もいた。 二週間近く、毎晩語っていた物語も、今夜で一応の区切りとなる。同じくらいの長さの物語を三度、この酒場では披露していたので、一ヶ月半の長い滞在となった。 子供たちが、輪になってアネッサを囲んでいた。アネッサは少女の一人の頭を撫でた。 「おねえちゃん、明日もまた別のお話聞かせてくれるんでしょ?」 「うーん・・・他のお話は、また今度ね」 「ええー。明日は、おやすみ?」 もう、子供たちの名前も覚えてしまっている。語り部をやっているアネッサだが、実は人の名前を覚えるのは得意ではない。つまりはそれだけ長く、この村にいたことになるのだった。 「いつかまた、来ることがあるかもしれないわね。あなたたちが大人になる前に、もう一度ここに来れたらと思うわ」 「私たちが大人になる頃には、アネッサもおばちゃんになっちゃうね」 「こらあ、生意気だぞう」 何気なく言われた一言に、アネッサの胸はずきりと痛んだ。何故かは、誰にもわからないだろう。 一人一人を軽く抱き締め、やがて名残惜しそうに子供たちが解散すると、酒場の主人とおかみさんに挨拶をした。 「アネッサちゃん、本当に今晩が最後なの?」 「はい。お二人にも、大変お世話になりました。本当は私も、もうしばらくここにいれたらって思ってたんですけどね。ちょっと、急な用事ができちゃって」 「私たちも、もっと長くいてくれると思ってたのよ。本当、残念ねえ」 「まあ、出会って別れての商売ですから。あ、宿代、今まとめてお支払いしますね」 「いいんだよ。ただで泊めてあげるって、最初に言ったじゃないか」 「あ、それは、話が面白かったらって話でしたよね?」 「充分楽しませてもらったよ。それよりも、ほら、あんた」 おかみが主人に目をやると、無口な主人はいそいそと隠しの中に手を突っ込んだ。差し出されたのは、半金貨だ。 「ほら、持ってきな」 「え!? いやいや、そんな大金受け取れません。ここでは充分稼がせてもらいましたし、宿代までチャラにして頂いて・・・」 「私たちの気持ちだよ、ほら」 おかみに強引に手を引かれ、半金貨を握らされた。通常の金貨の半分くらいの大きさだが、手に、いつまでも残るような重さだった。 「いつかまた、来てくれるんだろう?」 「・・・そうですね。できれば二人が、おじいちゃんとおばあちゃんになる前に」 「言ってくれるねえ」 恰幅のいいおかみに、抱き締められた。いつかまた、ここに。アネッサは強くそれを思った。 「それにしても、こんな夜遅くに出るのかい? この辺りには賊も怪物も出るって話はないけど、女の子一人で、何かあったら大変だよ。もう一晩泊まっていけばいいのに」 「あはは。いやいや、大丈夫ですよ。こっちには・・・」 剣帯を締めながら、アネッサは言った。 「ちょっと、自信がありますから。それに今から出て行かないと、朝までに駅につかないんですよ。始発に乗る予定なんで」 「そうかい・・・本当に、残念だねえ」 「笑顔で、別れましょう。なに、いつかまた会えますよ・・・それでは、長い間お世話になりました。お二人とこの村に、フォティアの加護のあらんことを」 手を振って、アネッサは酒場を出た。扉を閉めると、息を吸い込む。 見上げると、春の夜空に、たくさんの星が散りばめられていた。 「さて、と・・・」 アネッサは、大きく息を吐き出した。 「出たとこ勝負は、好きじゃないけど・・・」 かといって、ここまで来て、事前に何か工作できるわけでもない。今まで貯めてきた全財産を投げ打っての競売に敗れた時、あの権利を合法的に手に入れることができなかった時から、肚は決まっているのだ。 ただ、あの場所の構造は把握している。実地でどうなるかはわからないが、いくつか、考えている手だてもある。 歩きながら、アネッサは隠しから手紙を取り出した。 「時は来た、か・・・ふふ、こんな大仰な書き方しなくてもいいのに」 しばらく歩いていた街道を外れ、アネッサは西へ向かった。一晩中街道を歩いてもいいが、できれば日が昇る前に駅に着き、少しでも眠っておきたかった。 行く手の森の中から、一人の男が現れた。 「お、おい・・・!」 男は粗末な身なりで、棒を手にしていた。こちらを威嚇するように、それを振る。ぶん、という音が大気に響いた。 「か、金目のものを、置いていけ」 棒の一振りで、よく剣が使えることはわかった。ただ、足が悪い。元は兵士で、怪我で除隊した後、働き口がなく、食いつぶしたといったところだろう。さりげなく木立を背にする辺り、頭の悪い男でもない。この男の気配は察していたが、他に人の気配はないようだった。 アネッサは二刀を抜いた。長剣と、短剣。それを見て、男が追いつめられた表情で、打ち込んできた。思いのほか、鋭い。 短剣で棒を巻き上げ、すれ違いざまに長剣で脇腹を斬った。男が、うめきながら身を折る。 「傷は、浅いでしょ? まあ、痛かったとは思うけど」 短剣を収め、男に棒を手渡す。男はぽかんとした表情で、アネッサを見つめていた。 「野盗は、似合わないよ。本当に盗る気だったら、物陰からいきなり襲わなくちゃ。それに、手じゃなくて、頭に打ち込んでこないとね。おじさんも、本当はこんなことしたくなかったんでしょ?」 男はどうしたらいいかわからないという表情で目を泳がせた後、その目を、強く、閉じた。 「そこの街道を南にしばらく行くと、村があるわ。そこで・・・そうね、野盗に襲われたけど、商隊に助けられた。同行していたアネッサって娘に、この村のことを紹介された。そんな話をすれば、きっと面倒を見てくれるわ。怪我をした人を見捨てるような村ではないし、働き手も欠けてる。それにしても、うーん・・・」 布を取り出し、長剣の先を拭う。 「私ってこう、長いこと語り部やってんのに、どうも創話センスはイマイチなのよねえ・・・脚色はいけてると思ってるんだけど。おじさんの方でもっといい話思いついたら、そっちでいいよ。とりあえず私の名前を出せば、なんとかしてくれるんじゃないかしら。んー、一筆くらい添えた方がいいか」 紙片を取り出し、男の名を聞いた。自分の名前も書いて、簡単な紹介状とする。男は、じっとアネッサを見つめていた。 「はい、どうぞ。うまくいくといいわね。フォティアの加護のあらんことを」 「あ、あんた、どうして・・・」 髭に覆われた男の頬に、涙が吸い込まれていく。 「ん、どうしてかな。人助けをするのに、理由なんて考えたことないけど」 アネッサは、森の方に目をやった。この男が一人で潜伏できたということは、安全な森だとも言えた。木立は密ではなく、星を見失うこともないだろう。一応踏み固められた道もあり、抜けるのに一時間程度で済みそうだ。 アネッサがそちらに足を向けると、まだ座りこんだままだった男が、大きな声で呼びかけてきた。 「ありがとう。この恩は、忘れない。あ、あんたの名前を聞かせてくれ」 「アネッサ。"かまどの語り部"アネッサって覚えて頂戴。どこかで私の物語を聞く機会があったら、チップはずんでよね」 振り返らずに、森に入る。しばらく歩くと、男の泣き声は聞こえなくなっていた。 これからのことを考え、アネッサは一人呟いた。 「とりあえず、やるだけやってみるか・・・」 相手は、大陸五強の一人が率いる、この大陸では屈指の冒険者集団である。剣で、話術で何とかできるような相手ではない。それくらいはわかっている。わかっていても、やるしかないのだ。アネッサには、背負っている多くのものがある。 「父さん、どこかで見ていてくれてるかな・・・」 アネッサは夜空を見上げ、もう一度、呟いた。
セシリアが、茫洋とした様子で、紫煙を吐き出していた。 庭先にある白いテーブルに頬杖をつき、空を見上げている。厳しいセシリアにも近づきがたいが、こうしたセシリアの方がもっと近づきがたいと、フェルサリは思っていた。 このような様子のセシリアに、話しかけたことがある。大抵は脈絡なく、こちらがどきりとするような言葉を口にするのである。人は皆、一人だと思っているわ。人の世の愚かさが、それを許さないでしょうね。いきなりそんなことを言われると、ただでも口下手なフェルサリは、どうしたらいいかわからなくなってしまう。 ロベルトに言わせると、セシリアがそんな様子で佇んでいる時は、実はとんでもなく頭の回転が速くなっている時なのだという。だから一見噛み合わないような一言でも、実際はそこから先のやりとりを全て予測して、論理の帰結点に先回りしてしまうのだそうだ。 フェルサリはそんなセシリアの思考の邪魔をしないよう、庭で短刀を振っていた。前回の冒険で身に付けていた具足姿そのままで、これは早く装備に慣れる為だ。魔法連合領から帰ってきた後は、可能な限り、この格好をしていた。散歩に出る時はもちろん、料理をする時でさえ、この格好である。衣服に関しては、すぐに同じ物をいくつか注文した。 道場では、元気な子供たちが騒いでいる。大半は男の子で、女の子たちは屋敷の中で、本を読んだりおしゃべりをしていることだろう。フェルサリもほんの数週間前までは、男の子たちに混ざって、木剣を振り回したりしていたものだ。圧倒的に年長ということもあり、そんな子供たちを見て回ったり、食事の支度を手伝っていることがほとんどではあったのだが。 その子供たちの喧噪が、一際大きくなった。 「子供たちよ、あたしが帰ってきたぞー!」 歓声の後、子供たちにもみくちゃにされているのは、セシリア・ファミリーの一人、ネリーだ。黒地に緑で模様の描かれている衣装と、髪を巻き付けてあるつば広の帽子。特徴ある出立ちと長いおさげ髪が、子供たち一人一人を抱き締めたり、小突いたりしていた。持っていた包みの中から、菓子を配ったりもしている。やがて小柄な身体が子供たちの波をかき分け、こちらに向かってきた。 「おおー、フェルサリ、どうしたのその格好? 冒険者にでもなりたいの?」 「ネ、ネリーさん、おかえりなさい」 ずかずかといった足取りでこちらに近づいてくるネリーに、セシリアも気づいたようだ。手にしていた瓦版から目を上げ、面倒くさそうに振り返る。 「やれやれ。うるさいのが帰ってきたわねえ」 「ただいま、セシリア。って、うるさいって何だ!」 びしり、と音がしそうな勢いで、ネリーはセシリアを指さした。 「おかえりなさい、ネリー。無事で何より。テレーゼとピーターが一緒だったと思うけど、二人は?」 「しばらくの間、そのままスミサに留まるってさ。銃やら何やら、見て回るって」 「そう。二人の無事も確認できて、よかったわ」 言うと、セシリアはもうこの件に興味はないというように、再び瓦版に目を落とした。ネリーはフェルサリをじっと見ている。 「ところでフェルサリ、その格好どしたの?」 「あ、え、ええと、その、冒険者になりました・・・あらためて、よろしくお願いします・・・!」 「ええぇー! あ、あたしのフェルフェルが・・・!」 芝生の上に崩れ落ちながら、ネリーは言った。この人は、いつもこんな調子だ。特にフェルサリのように大人しいと言われる者の前では、その傾向が強い。 本当は、人と話したい。もっと、大きな声ではしゃぎたい。フェルサリにも、そういう気持ちになることはある。そんな時、ネリーがいてくれることは多かった。この家の生活に馴染めなかった頃、支えでもあり頼りになるのが、このネリーだった。冒険の旅に出ていることが多いので、知り合ってからの期間ほどの充分な時を共にしてきたわけではないが、フェルサリは、この小柄な魔法使いが大好きだった。 「ちょっとあんた、フェルフェルってあだ名、いつつけたの?」 「今つけた。でも、たまにしか呼ばないことに決めた」 「忘れるからでしょう?」 「セシリアも、そう呼びたいなら呼んでいい」 「・・・フェルサリ、あらためて、ネリーのことを紹介しなくてはいけないわね。この家の者ではなく、冒険者としてね」 セシリアは、二人に腰掛けるよう促す。フェルサリは席につき、居ずまいを正した。 パーティの面々は、フェルサリたち、セシリアの子供たちの前では、冒険の話をあまりしない。面白かったことや珍しかったことを土産話として話してくれることは多いが、個々がどんな能力を持っていて、どんな事件を解決してきたか。そういったことを話すことは、ほとんどない。 フェルサリが、ネリーの冒険者としての側面で知っていることは、だからほとんどないと言っていい。何か特殊な魔法を使うということと、腰に下げられた二丁の魔法銃を使うということくらいだ。ネリーの魔法銃は銃身が機関車の形を模しており、フェルサリはよく見せてもらったり、触らせてもらっていた。 「冒険者の間では"引き寄せ"ネリーと呼ばれているわ。もっとも、皆が彼女の能力を見て言いだしたというよりも、見たことのある人間の話が広まったというところかしらね。ネリーの魔法を直に見た人間は、パーティ以外ではあまりいないから。彼女の魔法は、火や水、癒しといった、一般によく知られているようなものではなくてね・・・」 「あたしの魔法は、ずばり重力だよ。引力と言ってもいいね」 「じゅ、重力・・・?」 物が落ちようとする力だと、フェルサリは理解している。それについて書かれた書物がこの家にあることは知っているが、フェルサリに馴染みのある重力とは、飛礫を投げたりする時に、頭をかすめる程度のものだ。あらためて、あるいは深く考えることもなく、落ちる、重い、などと口にするが、それそのものについての知識は、皆無と言っていい。当たり前にそこにあるものについては、逆に良く知らないものなのかもしれない。 「地水火風の四大元素に関わらない。その派生や類似でもなく、それでいて全てにそれとなく関わる要素、そんなところかしらね」 「うん。セシリアの説明で、大体合ってる。細かい数式説明しても、あんま意味ないしねえ」 「そうねえ。私も数学のこととなると、よくわからないわ」 「金勘定は、立派にこなすのにねえ」 「うるさいわね。感性で生きてるのよ」 セシリアとネリーの会話も、概ねこのような感じである。セシリアが二十三歳に対して、ネリーが二十二歳。見た目ではネリーがかなり年下に見えるが、ほぼ同い年と言ってもいいだろう。 ロベルトが、道場を抜けて三人の所にやってきた。紅茶と、焼き菓子を盆の上に乗せている。はしゃぎ回る子供たちの中をさりげなくすり抜ける体捌きは、やはりロベルトが一流の冒険者なのだということを、フェルサリに思い出させる。 「あ、さっき言い忘れたけど、ロベルトにお土産あるよ。スミサで色々見つけてきた。後で渡すよ」 「それはそれは。楽しみにしていますよ」 「ちょっと見ないうちに、また執事姿が板についてきたねえ」 ロベルトが苦笑する。そういえば、この二人はよく、機械のことで難しい話をしていた。フェルサリの抱く魔法使い像と、ネリーの姿は、今思い返しても結構なずれがある。 紅茶に口をつけた後、セシリアが再び話を続けた。ネリーがしばらく黙っているのは、クッキーを口に運んでは、それを紅茶で流し込む作業に没頭していたからだ。ネリーは甘い物に目がない。 「ネリーの魔法は、ちょっと変わってるってのもあるけどね、何よりも異質、その世界では異端といっていい特徴があるのよ」 「ほうほう。れつらくのちらいらね」 「口の中のものを、ちゃんと飲み込んでから話しなさい」 「んぐ・・・もう、セシリア。あたしだって、子供じゃないんだから」 「子供じゃないんだから、ちゃんとしなさい」 口を拭ったネリーが、紅茶のお代わりを注ぎながら話す。 「哲学の違いと言っていいかもね。フェルサリに、わかるかなあ?」 「哲学・・・?」 「考え方の違いよ。ネリーの魔法は、そこのところが他の魔法と根本的に違う。魔法と科学は、私たちから見ればこの大陸で同居しているように見えるけど、その実、それぞれの世界に生きている者たちからすれば、受け入れがたい考え方の相違がある」 「科学はねえ、基本的に、物事が計算通りに動くことを前提にしてるの。もちろん予想外のトラブルはつきものだけど、それはそこに対する計算が足りなかった、あるいはまだ発見されてない法則があるって、そんな感じ。そこがぶれると、乗り物なんか、あぶなっかしくて乗ってられないでしょう?」 「例えば、この懐中時計がいきなり火を吹いたり、蛙に変わったりしたら、大変なことになるわねえ」 「んでね、魔法はその逆、全ての事象に予想外の変化が起こることを前提にしてる。じゃないと、何もないようなところから火の玉を出したり、雷の矢を放ったりすることはできないよね。懐中時計も、魔法の力で火を吹く蛙に変わる可能性はある」 フェルサリは、オルガの償いの槍を思い出していた。確かに、何もないところから雷の防御膜を作り、巨大な槍を現出させた。魔法とはそういうものだと、フェルサリは疑問らしいものを抱くことはなかった。 「え、ええと、物事は規則に則って厳密に動いていると考えるのが科学で、そういったものは曖昧で、一定の法則はあるものの、物事にはそれだけで測れない、あらゆる可能性があると考えるのが魔法、なのでしょうか」 「ん、噛み砕けばそんな感じかしら。で、ネリーの魔法体系"重力"が他の魔法と違うのは・・・」 「万物には抗うことのできない法則がある。それは魔法とて例外ではないって証明したことだよ!」 ネリーは言い放ち、えっへんと胸をそらすが、その胸にクッキーの食べかすが散らばっている様子は、どうにも格好がつかない。 「ま、具体的な話は長くなるし、私にもついていけない部分が多いから、今はいいわね。ともあれ、ネリーはこの若さにして、重力の魔法体系の開祖。こんな小娘だけど、控えめに言っても、その道の天才と言ってもいいわね」 「どうだ、フェルサリ、恐れ入ったか!」 「あ・・・は、はい! 前からすごい人だと思ってましたけど、本当に、ものすごく、すごい人なんですね・・・!」 にんまりと笑うネリーを見ていると、何か現実感が伴わない。パーティの他の面子と比べても異質な感じがしていたが、もっと広い分野で見ても、相当に変わった存在であるらしい。 「とりあえず、フェルサリも冒険者になったんでしょう。早速、あたしたちに付いて来れる実力があるか、今からテストする!」 言って、ネリーは椅子から勢いよく立ち上がった。セシリアは溜息をついてキセルに火をつけ、再び瓦版に目を落とした。何をするのかわからないので不安だが、フェルサリも席を立つ。 セシリアが、もう一度溜息をつくのが聞こえた。
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