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 城門を潜った。
 船の舳先を思わせるような突き出した岩壁に、張り付くような威容を示している町である。スキーレ・ペッカートル城の城下町は、上方に伸びていくような町なので、下からでも町の全容が見渡せる、特徴のある町だった。上層部に、白い城といくつもの尖塔が見える。
 駅馬車ギルドに、荷馬を返す。門兵に到着の旨を伝えたので、今頃は城の方でもセシリアたちが来たことはわかっているだろう。
 フェルサリはリスのようにきょろきょろと辺りを見回している。時折人とぶつかりそうになり、よろけていた。魔法連合領の中では孤立した存在なので、人は少ないと思っていたが、どこから出てどこに消えるのか、思いのほか人は多かった。道が狭いので、余計にそう感じるのかしれない。人々の顔を見る限り、暮らし向きは悪くなさそうである。オルガは、外ではせっせと慈善事業にいそしんでいるが、肝心のお膝元はお留守、というわけでもなさそうである。
 つづら折の道を登っていく。城に入るまでは、それなりの坂を上ることになる。ジネットが心配になったが、息も切らさずについてくる。さすがにセシリアより長く旅をしているだけあって、健脚である。
 到着を告げると、既に謁見の準備は整っているとのことだ。謁見? そう思ったが、各領が独立した王国のようなものであれば、領主も当然王のようなものだ、と思い直した。
 複雑に入り組んだ場内を進み、謁見室に案内された。こういった場には慣れているセシリアでも、玉座の対面ではなく横から室内に入っていくのが少し新鮮でもあった。岩壁を切り出して建てられた構造上、仕方ない部分なのだろう。中には、具足姿の兵たちが整列していた。二十人というところか。図抜けて強い者はいないが、皆それなりの練度だと、セシリアは見て取った。対面に向かうと、兵が二つに割れる。玉座から伸びる赤い絨毯の中央に、セシリアたちは立った。
「セシリア殿、ロサリオン殿。招きに応じてくれて、感謝する。お付きの方達も、ご苦労であった。私がここの領主のスタニスラフだ」
 あまり他の地域との交流や、旅のようなものは少なかったのだろう。簡素な言い回しは、共通語に慣れていないからかもしれない。玉座から立ち上がって言ったスタニスラフは、白い髭と長い髪、それよりも白いローブといった出立ちだ。力ある魔法使いだと思うが、それ以上に辺境の領主といった印象も強い。深い声だが、どこかに張りがない。六十代半ばくらいに見えるが、もっと年齢を重ねているのかもしれない。隣りに、凝った意匠の服を着た娘が座っていた。
「こちらこそ、お招きに与り光栄です。レムルサから参上致しましたセシリア・ブライトと申します。こちらは、養女のフェルサリ」
 膝をつき、セシリアがフェルサリを紹介する。フェルサリも慌てて膝をつき、絨毯に向かってもごもごと何かつぶやいていた。一度練習させておくべきかと思ったが、もう少し砕けた場だと思っていたのだ。まあ、今となっては仕方ない。
 同じように膝をついていたロサリオンたちを手で制し、スタニスラフは笑った。
「まあ、そのように固くならずともよい。何せ、このような田舎の領主だ。できれば、同等の立場で、仕事の話ができればと思っている。こちらが、娘のオルガだ」
 隣りに座っていた娘が立ち上がった。先の尖ったつば広帽と、黒を基調とした衣装。あらためて見ると獅子、山羊、竜、つまりは合成獣の三要素を模した意匠が施してあり、芝居がかったその格好は、いかにも異国の魔法使いという印象を、人に与えるだろう。
「詳しい話は、このオルガがしてくれる」
 そう言ってスタニスラフは、玉座に深く腰を沈ませ、震えるようなため息をついた。老いではなく、病だなとセシリアは思った。四人は立ち上がった。
「私が、オルガ・スキーレ・ペッカートルよ。セシリアとロサリオン、それにフェルサリとジネット。よく来てくれたわね。特にセシリア、あなたの噂はよく耳にしているわ」
 いかにも、生意気そうな娘である。つんとした眼差しに、先日会った少年、マルコを思い出して、セシリアは苦笑した。面立ちは似ていないが、マルコにこんな姉がいてもおかしくはない。だが、マルコは小さな町の跡取りに過ぎなかったが、こちらも跡取りとはいえ、魔術の名門の跡取りであり、何よりも全国に散らばるスキーレ銀行の頭取なのである。その指先で動かしている人も資産も、比べものにならない。
「既に話は行っていると思うけど、案件は、ここからさらに北東、風の丘に現れたキメラどもを掃討することよ。およそ、十頭ほどと見込んでいるわ」
「珍しいわね、特に十頭なんて。私より詳しいだろうから聞くけど、群れを作る生き物ではないんでしょう?」
 セシリアが口を挟むと、オルガは明らかにむっとした様子で声を張り上げた。
「セシリア、まだ質問を許していない!」
「はいはい。失礼したわね」
 少し大袈裟に肩をすくめて見せると、兵たちの間から忍び笑いが聞こえた。その空気が、一層オルガの気に触ったらしい。
「十頭かどうかは、わからないわ。目撃証言と照らし合わせて、そう判断してるだけ。五頭かもしれないし、十五頭かもしれない。とにかく、そのキメラどもを討伐する。もう襲われた村もあるの。一刻の猶予もない。そこにいる、選び抜かれた兵たちが同行する。もちろん、指揮は私が取るわ」
 オルガが、ぴしりと自分の胸を指さして言った。
「話は終わりよ。質問はあるかしら」
「はい・・・質問、よろしいでしょうか?」
 セシリアがおずおずと右手を上げると、兵たちの何人かが、こらえきれずに吹き出した。
「ふざけないで頂戴!・・・いいわよ。何か質問があって?」
「群れを作る、それは強力なリーダーの個体の存在があるんじゃないかしら」
 言うと、ふんと鼻を鳴らし、オルガが笑みを浮かべる。
「さすがは、竜殺しの英雄殿。よくご存知ね。ええ、どの個体かの確認は取れてないけど、確かにそういう個体はいるでしょうね。ここにいる兵たちは、通常のキメラであれば、討伐できるだけの実力があるわ。ただ、リーダーの個体となると、実力は未知数だし、犠牲が多くなることも考えられる。そこで、あなたたちの出番よ!」
 芝居がかった動きでこちらを指さしたオルガを無視し、セシリアは兵たちを見回した。
「この中で、実際にキメラと戦ったことのある者たちはいるかしら?」
 二十人の内、五人ほどが手を上げた。
「じゃあ少しハードル下げて、実戦を経験した者は? 全員だと助かるんだけど」
 今度は、半分の十人ほどが手を上げる。
「少ないわね。この兵たちが相手に出来るキメラは、せいぜい二頭ってとこ。それ以上だと、犠牲が出る。全滅を覚悟して、四頭まで」
 聞いて、兵たちの何人かは、青くなったりうつむいたりした。
「セシリア、あなたに戦力分析をしてもらうよう、頼んだ覚えはないんだけど」
「頼まれなくても、やるわよ。命がかかっているんですもの」
 フェルサリは緊張しているが、その目には強い、覚悟の光があった。かえって、それが痛々しい。ロサリオンは天井の辺りを見つめていて、何を考えているのかわからない。ジネットは少し困ったような顔をしているが、それでも微笑みを絶やさない。
「ふざけるな? そう言ったわね。これであなたがとんでもない魔術師で、五頭六頭を一瞬で消し炭にでもできなければ、ふざけているのはあなたの方よ」
 オルガが顔を真っ赤にして、拳を握りしめていた。荒々しく息を吐き出すと、しかし今度は不敵な笑みを浮かべた。
「よくぞ聞いてくれたわね」
 聞いてはいないと思ったが、セシリアはオルガの言葉を待った。
「我が一族に伝わる大魔法、"償いの槍"の威力は、一発で城壁を何枚もぶち破れるほどのものよ。相手が竜でも、この一撃をまともにくらえば即死でしょうね!」
 ふふんと鼻を鳴らしてオルガが言い放った。
「どのような魔法か、聞かせてくれる?」
「魔法についてどれだけ知っているかわからないけど、素人のあんたにもわかりやすく言えば、大砲のようなものかしらね。太矢の射出機と言ってもいい。形は槍のようなものだけど、ともかく射程距離一杯、直線上にあるものは、全て破壊できるわ」
「へえ、それはすごいわね。日に、何回くらい使えるの?」
「い、一発だけよ」
「キメラを直線上に並べる術を思いつかなければ、一発で一頭ってとこね。二日で二頭。十頭全部と一時に出会ったら、とりあえず一頭は計算に入れることにする。一直線上に放つということは、自動追尾型の魔法じゃないのね?」
「そ、そうよ。ただ、引きつけて、必ず命中させてみせる」
「期待するわ。皮肉じゃなく。群れが集まっているところに放てば、もう一頭くらい潰せるかもしれないしね。一度に出会う数が少なかったら、何度か使ってもらうことになるかもしれないわね。触媒は充分?」
 大きな魔力を扱う魔法は、触媒を必要とする場合が多い。力ある魔法使いなら触媒を消費しなくてもそういった魔法を使えるらしいが、それでも、成功率はぐっと下がる。
「触媒は、私の心よ」
 胸に手を当て、オルガが言う。
「・・・それは、触媒を必要としないって意味?」
「いいえ、言葉通り、私の、心。この家に生まれた責務と覚悟が、魔法に大きな力を与える」
 そんな魔法があるのだろうか? しかしそれ以上の追求はやめておいた。結局は専門外で、セシリアが色々と聞いたのも、あくまで戦力を計算するためだ。
「スタニスラフ殿。失礼ですが、ご息女の魔術師としての力量は、いかほどのものでしょうか」
 スタニスラフが、顔を上げる。さっきよりも顔色が悪い。彼の為にも、話を早めに切り上げるべきだろうか。
「過去を遡ってみても、一族にこれほどの魔力を持った者はいない。我が一族最高の魔術師であり、この魔法連合領の魔術師たちの中でも、五本の指に入ると言っていいだろう」
 スタニスラフの目の光に、曇ったところはない。ならばそういうことだろうと、セシリアは思った。しばらく黙っていると、ロサリオンが口を開いた。
「兵たちの指揮を、私に任せて頂くことはできるでしょうか」
 随分と大胆な提案である。だが、オルガが指揮を執れなくなった時のことを考えるのは、傭兵の性のようなものだろう。
「ふふ、そうね。私も"償いの槍"の詠唱中は、満足に指揮が執れないかもしれない。いいわ。私が指揮を執れなくなった時は、一時的に、あなたに指揮権を譲ってもいいわ」
 こういうところは、柔軟な考え方をするようだ。ただ、ロサリオンは、オルガが倒れた後を想定して言っている。
 もう一度三人の顔を見たが、特に聞くこともないようだ。
「じゃ、最後にもう一度私が。リーダーとなる個体が、"巨人喰らい"だった場合を、どれだけ想定してる?」
 合成獣には、寿命のようなものがない。殺されるまで、喰らい続けるだけだ。中には、かなりの長期間、生き延びる個体もいるのだという。そのような個体は、竜の如く成長した巨体で、巨人すらも捕食するという話だ。
 ただ、そこまで大きくなった合成獣は、竜と同じように、大半の時間を睡眠に費やす。最小限に抑えないと、すぐに力を使い果たしてしまうからだ。そういうわけでその姿を見ることは稀にはなるが、目覚めれば、町の一つくらいは喰らい尽くす。
「"巨人喰らい"だったら、そういう目撃情報があるはずよ。その巨体は何キロも先からでも確認できるって話じゃない? 風の丘の町や村からも、まだそんな情報は入っていない」
「そう。じゃあ、私からの質問は、以上よ」
 巨人喰らいの名が出たことで、兵たちの顔は皆、青ざめている。さすがにこの家に仕える者たちなら、知らないはずがないだろう。
 もし巨人喰らいが現れたら、どう撤退するかを、セシリアは考えた。大陸五強の二人がいても、やはり荷は重いだろう。
 逃げる一方の戦いは好きではない。しかし、そういうことになれば仕方ないし、大きな犠牲を出すくらいなら、躊躇なく撤退する。
 無論、状況が許せばだが。

 頭に来る女だった。
 あの、セシリアのことである。自分が何でも知っているという口振りだった。許しがたい。オルガもこの件に関しては色々と調べたのだ。まして、自分はこの道にかけての、練達になるべき家系に生まれたのだ。それを。あの女に関してはずっと以前から知っていて、今となっては複雑な感情もあった。オルガは唇を噛む。会って話してみれば、こんなものだ。
 しかしそれで帰れと言うほど、オルガも感情に流されたりはしない。それに頭に来ること、つらいことなど、他に幾らでもあるのだ。肚の底に溜まった怒気を吐き出し、オルガは楽な格好に着替えた。
 会議室へ向かう。城の一角のこの部屋が、スキーレ銀行の、いわば本店と言ってよいものだった。この城下町には小さな店を一つ出しているだけだが、今や大陸中に散らばるスキーレ銀行の、大まかな方針と大事な案件に関しては、ここで話し合われ、決定される。
 扉を開けると、既に五人の男が話し合っているところだった。
「遅れてすまないわね」
 様々な書類を見ながら、話を聞く。話し合われていたのは、北の経営についてである。
 グランツ帝国に、アッシェン、スラヴァル、アングルランド。これらの地域は、今も封建政治が続いている。王や皇帝、貴族の地だ。税率を気にして孤児院、病院のような慈善事業に資本を投入するより、その地域の領主に貢いだ方が話も早く、利も大きいというのである。またそういったことが、体面上はともかく、法で禁じられているわけでもない。
「この件については、ついこの前も話し合ったじゃない」
 話し合った、という言葉に何人かが眉をひそめた。最終的な決定権は頭取であるオルガにあり、特にこの件に関しては、オルガが一方的に決めたという色合いが強い。
「私たちが、何の為にお金を稼いでいるか、わかってるの?」
「こうしたことばかりに、資本を投入することだけですか」
「もちろん、それが全てじゃない。キメラ討伐の報奨金も、毎年膨れ上がる一方だし」
 スキーレ・ペッカートル家は、とにかく金が必要だった。一族の責務である合成獣討伐が、これまで思うように運んでこなかったのは、報奨金が少なかったからである。これまでも報奨金は出していたが、いかんせん額が少なく、冒険者たちはまともに見向きもしなかった。討伐されるにしても、それぞれの領主や長が、自分の領土を襲われ、仕方なしに討伐隊を募っていただけだ。スキーレ・ペッカートル家が報奨金を出していると知っている領主など、いないに等しい状況でもあった。
 ただ、一族に、領地からの収入だけではない、独自の資金が必要だと考える者も何代か前にはいて、この町と、帝国領にひとつ支店を作っていた。これを、数年で各地に広げたのがオルガだった。まず帝国の支店を基盤に、もう一店舗。二つの店を基盤に、さらに二店舗。あとはねずみ算式に増えていった。
 十三歳になった時、父に誕生日の贈り物は何がいいかと聞かれ、父が名目上やっていた、銀行の頭取の座が欲しいと言った。何の冗談かと思っただろう。しかしその頃から病に冒されていた父は、快く譲ってくれた。そもそもお飾りの頭取と言ってもよく、父は金融のことなど何も知らなかったのだ。代々の領主が、当然の権利として持っているものの一つに過ぎなかった。
 証書に署名すると、オルガは供回りを連れ、次の日には帝国領の支店に着き、支店長に財務表をすべて見せろと言った。支店長は苦笑して、書類を用意した。おてんば姫が、何のお遊びかと思っただろう。しかしオルガは頭取として陣頭で指揮を執り、経営方針を大きく改めさせた。一ヶ月で、利益は三倍になった。同時に店内から優良さと善良さを兼ねた人間を選び出し、各地に支店を作らせた。
 ゴルゴナやラテン都市同盟のような、市場が開かれている場所には、オルガ自身が常駐し、振り返ればかなり無茶な投資もした。それでも、うなるほどの見返りがあった。領主たちが理不尽な融資を迫ってくる地域ではなく、ある程度きちんとした決まり事が守られている場所で、オルガは誰にも負ける気がしなかった。しかし競争の世界なので、自分が勝ち続けるということは、多くの者の恨みも買った。
 錬金術師と、揶揄された。魔法で市場を操るペテン師と、面罵されたこともある。魔法など使っていない。魔法と一緒で、真実に近づいた者が強いというだけだ。言っていろ、と思った。スキーレ銀行が上げる莫大な利益に、自分一人が罵倒される。その程度の損害なら、安いものだと思ったのだ。
 ただ、金の使い方を見失わないようにした。過剰な利益の余剰分は、惜しみなく慈善事業と合成獣討伐につぎ込んだ。慈善事業の類は結果というものが見えづらいが、合成獣討伐は、大きな成果を上げた。今までに、年に一頭あるかないかというものが、月に十頭以上である。
「その、キメラ討伐の報奨金についてなのですが・・・」
 男の一人が、眼鏡の角度を直しながら言った。
「もう少し、下げられてはいかがです? 少しくらい下げたところで、成果に変わりはないと思いますが」
「それは、現場で戦っている戦士たちに失礼というものよ。実際に、犠牲も多くあるという調査結果がある。何なら、各地に常駐の部隊を作ってもいいんだけど」
「それは資金がかかりすぎますし、各領主との折衝も骨が折れます。というよりそもそも、キメラ討伐と金融に、何の関係が?」
 欲に目がくらむと、こういう意見が出てくる。そもそも何の為に金を稼いでいるかが、抜け落ちている。わかって言ってることだろうが、許しがたい。
 しかしここに集まった者たちは、優秀ではあった。それぞれがそれぞれの受け持つ地域の利を真剣に考えている。考えてくれている、はずだった。今は、その優秀さが別の方向に向かっているだけだ。
「私は、私腹を肥やそうとは思っていない。そしてこの銀行が作られた、最初の目的を忘れてはいない。私には志がある。けど、あなたたちにもそうしろとは言わないわ。あなたたちが抱えてる人たちの、生活もあるわけだしね」
 渋々といった表情で、男たちは一応頷いてみせた。
「とにかく、北に関しては今まで通りで。経営を圧迫しはじめたら、私が何か知恵を出す」
 オルガは、席を立った。背中に冷たい視線を感じながら、扉を閉めた。これだけの富を生み出しながら、それをオルガがやってきたとわかっているはずなのに、どこか舐められている。そう思うと、肚の底に嫌なものが溜まってくる。明日からここを空け、危険な旅に出るとわかっているのに、誰もオルガの無事を祈る言葉もかけなかった。
 オルガは中庭に向かった。崖からせり出すように作られた、調練場を兼ねた庭である。兵たちに請われたのか自分から働きかけたのか、ロサリオンの指揮で、兵たちが動いていた。兵は厳密には父のもので、父が良いといえばそれでいいとも言える。自分に断りを入れることもないのだ、そう納得した。
 どこかのんびりした動きで、元青流団の団長に期待したものとは、違っていた。自分だったら、もっときびきびと働かせる。兵たちの笑い声が聞こえ、気持ちがささくれだった。
 手すりにもたれかかり、眼下の町を見下ろす。よく見えないが、人の行き来する姿はあった。陽が暮れ始め、町が茜色に染まる。
 庭の一角に向かう。城の壁を背に人型が並べてあり、それぞれが東に向かって長い影を作っていた。オルガは投げ槍の束を用意して、縛ってある紐をほどいた。一本を手に持ち、五歩の距離から、人型に向かって投げる。ざくり、と音がして、槍は人型の胸に突き刺さった。頭、腹と順番に突き立て、十歩の距離で次の人型に向かった。
 大魔法"償いの槍"は、その魔力のほとんどを、破壊力に費やしている。さらに詠唱の初期段階から、雷の防御膜で、術者を守りもする。あれだけの威力を誇りながらの、防御壁。これで自動追尾など、備えられるはずもなかった。だから、槍は自分で当てるしかない。
 十歩の距離が終わると、五歩の距離に戻った。十歩以上だと、重さを計算に入れた、曲射で投げなくてはならなくなる。償いの槍は、放たれた瞬間、一直線に飛ぶ魔法なので、重さが働く距離で練習しても、仕方がないのだ。
 右目、左目、口。心臓、鳩尾、腹。全て正確に命中させた。槍を回収し、再び位置につく。
 いつの間にか、夜になっていた。星の位置を見て、もう二時間もこれをやっているのだと気がついた。だが、いくら練習しても、しすぎだということはないはずだ。オルガは合成獣の討伐に、まだ参戦したことがない。今回が、初めてなのだ。頭で考えている通り運ばないこともあるだろう。不確定要素は、いくらでもある。リーダーの個体が、予想より強かったらどうなるのか。セシリアとロサリオン、二人でも仕留められないものだったら。フェルサリとジネットは、オルガが考えているよりも、足手まといにならないのか。
 自分には、志がある。しかし胸に秘めた、自分だけの夢もある。セシリアの顔が浮かび、オルガはきつく奥歯を噛み締めた。
 槍を構え、投げる。
 ざくり、という音が、誰もいない庭に響き渡った。

 

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