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プリンセスブライト・アウェイキング

第2話「United Flow」 ユナイテッド・フロウ

 

 

 

 吹き抜ける風が、心地よかった。
 道場の窓は、開け放たれている。フェルサリと二人で、誰もいない屋敷の道場にいた。二人とも、具足姿である。セシリアがフェルサリの具足姿を見るのは、今日が初めてだった。対峙するように、二人は向かい合っていた。
「あら、かわいいじゃない」
 セシリアは先に支度を済ませて待っていたのだが、フェルサリが入ってくる時から、思わず嬌声を上げそうになるのをこらえていたのだ。フェルサリ本人は、緊張の面持ちである。
「お、おかしいでしょうか」
「全然。急にらしくなったんで、びっくりしたわよ」
 フェルサリの具足姿は、かなりの軽装だった。板金は胸当てだけで、後は伸縮性のある革のものだ。
「ああ、なるほど。渡したお金を随分返したみたいだから、安いものだけで固めてきたんじゃないかって、心配してたのよ。みんな、あなたがどんな装備を選んだのか、教えてくれなかったし」
 あの堅物のナザールすら、笑みを噛み殺しながら、実際に自分で見た方がいいと言っていたのだ。楽しみにしていたが、なるほど、セシリアの目に敵うというか、自分が喜びそうな格好ではある。軽装重裝ということではなく、単に自分の好みである。
「あなたが選ぶにしては、結構大胆じゃない」
「あ、え、え、・・・そ、そうですよね。これは一応最初に見立ててもらったものということで、後で、自分のお金で買い直します・・・」
「あらやだ、そのままがいいわよ」
 フェルサリは顔を赤くしながら、裾の短いシャツで、露出した腹を隠そうとしている。
「お、おなかが・・・」
「おなか痛いの?」
「い、いえ、そうではなくて、その、こんな格好だと・・・」
「動きやすくていいじゃない。ま、男の目は引くと思うけど」
 腹もそうだが、丈の短いスカートに、深い切れ込みが入っている方が刺激的かもしれないと、セシリアは思った。
 聞くと、今回の装備は短刀二本と胸当てだけを自分で決め、後は店の人間たちに見繕ってもらったのだそうだ。武器屋に行った後は、鎧鍛冶から革職人、服飾の店と、鎧鍛冶に案内されるように回ったらしい。フェルサリ本人としては白を基調とすることと、冒険者らしい格好を、ということだったようだ。いずれもセシリア馴染みの店で、職人や店員たちが、大喜びであれやこれやと選んでいた姿が目に浮かぶ。ちなみに白を基調とするといったのは、セシリアの具足に合わせる意味合いがあったそうだ。普段フェルサリは茶色や灰色といった地味な色合いのものを着ていることもあり、セシリアにとっては、新鮮である。
 本人は恥ずかしがっているが、それなりに考えられた格好ではある。独自性が強く、そこそこに露出していたり挑発的な格好をしていれば、外に出ても冒険者か、それに類する仕事をしていると誰にでもわかるからだ。フェルサリ自身はあまり自覚していないが、フェルサリの見目はいい。地味な格好をしていると、かえってよくない連中の目を引く。自分はただの娘ではない。初めて会う人間にもそれを伝えられることは重要だった。この商売は、舐められるとろくなことがない。
 いいものを選んでくれたと思っていた。半エルフの持つ相反する要素、力強さと儚さを、引き出してくれている。
「じゃ、早速鍛錬の成果を見せてもらおうかな。ええと、短刀なのよね」
 セシリアは壁に掛けられた木剣から短いものを二本選んで渡した。二刀である。腰から下げられた鞄の中には、飛礫が入っているそうだ。フェルサリには一通りの武術は教えてあるので、最終的にどんなものを選ぶかには興味があった。戟や大剣でも扱えるのだ。
 フェルサリにはエルフの血が入っているが、あまり彼らのような俊敏さはない。長く尖った耳がそうだと教えているだけで、身体の組成は人間に近いのだ。そして戦士としてみれば、フェルサリの動きはまだまだ遅い。大きく張った腰は、むしろ重い武器を扱った方がいい気さえする。
 それでもあえて軽装を選んだということは、長所を活かすより短所を補おうとしたのだろう。そういう所に、いくらか臆病さを感じる。そしてその臆病さは、冒険者としての美徳と言ってよかった。
 木剣の中から、セシリアはファルシオンの形のものを選ぶ。シミターのような曲刀ではなく、剣身の片側は真っすぐだが、反対側の刃は曲線を描いている、幅広の剣だ。今では戦いを生業とする者が使うことは少なくなったが、田舎の方で荒くれ者たちが佩いているのは大抵この形の剣だ。安価で使い勝手もいいので、腕自慢の素人がよく使う。無論、腕のいい者が持っても、利便性は高い。
「さ、いいわよ」
「はい」
 セシリアがやや大袈裟に、賊のように大きく構えると同時に、フェルサリも二刀を構えた。腰を深く落としているが、身軽に動けそうな構えだ。どちらかというと、体術の動きに近い。セシリアの構えは、俗にいう見張りの構えに近い。右腕を、振り上げている。
 猫のように、フェルサリが飛びかかってくる。セシリアは身を翻し、すれ違いざまに剣の平でフェルサリの尻を叩いた。
「獣のような動きをするなら、もっと獰猛な感じを与えないと駄目」
「はい、母上」
 今度は、左右に振る足捌きに変えていた。とっとっ、と床板が心地よい音を響かせる。
 来る。まさにその直前に、セシリアは剣を振り下ろした。フェルサリが短刀で受け止める。セシリアは少し力を与えてフェルサリの動きを封じた後、素早く刃に添って剣を滑らせ、そのまま刃の反対側からフェルサリの手の甲を叩いた。
「ッ・・・!」
 怪我をさせないようにかなりゆっくりと刃を動かしたつもりだが、それでもフェルサリには身体の内側で受け止めた刃が、いきなり反対側から手を打ってきたように感じただろう。しかし頭では、セシリアが基本的な技術のひとつ、付け替えを行ったことは理解しているはずだ。
「一本ね。あなたの受けは、少し硬い。でもそうね、そこを直すより、受けの硬さを利用してもいいわね。あなたのことだから受けを柔らかくした方がいいと思っただろうけど、今度は、私が硬いまま受けてみるわ」
 二人の武器を交換し、二刀を手に、セシリアは先程のフェルサリと同じような足捌きを見せる。フェルサリは、思い切り打とうというのだろう、両手で高く剣を構えた。
 フェルサリの渾身の打ち下しを、受けた。フェルサリ程度の力しか入れてなかったので、少し押し戻される。付け替えをしようとするフェルサリを、刃をこちらに向けて牽制した後、そのままフェルサリの刃の先端近くに滑らせる。
 フェルサリは両手で短刀の倍近い剣身を扱っているが、それでもその身体は押し込まれ、今にも膝をつきそうだった。後はてこの原理で、セシリアは刃の位置を保つだけの最低限の力で、フェルサリの身体をぐいぐいと押し込める。このまま膝をつかせてもいいが、セシリアはあえてもう一刀を捨て、空いた手で自分の刃を掴み、そのままフェルサリを押し倒した。
「はい、一本」
「は、はい・・・さすが母上です。私もすぐに、刃を掴むべきでした」
「ん、ナザールが認めただけあるわね。それで正解」
 動きそのものは、教えることはないと言ってもいい。後は、使いどころである。
「やはり、まだ刃を掴むことに抵抗があるようです。咄嗟に、その動きが出なくて。鍛錬します」
 刃を掴む技術、ハーフソードは、初心者が乗り越える、最初の壁かもしれない。実際の刃では、場合によってはやはり多少手の平が切れる。しかし実戦ではそんなことは言ってられないのだ。手の平に裂傷を負うくらいで相手の命を奪えるのなら、実に利のある技術なのである。ハーフソードを使える者とそうでない者では、決定的に技術の差が出る。知っていても、使えないのでは意味がない。
「ニコールさんが、ハーフソードの技術に関しては、特に得意だと聞きましたが」
「ああ、彼女の場合はちょっと別格だけどね。今度会ったら色々教わるといいわね。少し心配だけど・・・」
 "掴みの"ニコールは、"爆血竜"テレーゼと並んで、周りからセシリア・ファミリーの実力者と言われている。セシリアがリーダーということで自分が上と見られているようだが、実際の所ニコールの実力は自分と互角だと、セシリアは思っていた。純粋な戦闘力ということになれば、ニコールの強さは半端なものではない。調練以外で剣を交えたことはないが、真剣で向かい合ったらどうなるかわからない。
「まあそうね、ハーフソードの技術も、彼女は私以上のものを持ってるから」
「えっ、母上以上ですか。というより、技術も、ということは、あの人の通り名は、そこから来ているのではないのですか」
「ニコールはね、刃を掴んでどうこうする技術以前に、飛んでくる刃を掴めるのよ」
 突きだろうが払いだろうが、自分に向かってくる刃を、素手で掴んでしまうのである。一度、ヒノモトの刀、日本刀の一撃を掴むのを見たことがある。あれはとてつもなくよく斬れる刀だが、どうということもなく素手で掴んでいた。
 再びフェルサリと刃を交わしながら、セシリアはニコールの話をした。実際の戦闘では相手の剣だけに集中した戦いができるとは限らず、そういうことを想定してのことだ。フェルサリも理解したようで、真剣に二刀を操っている。
「握力、ですか」
 フェルサリの二刀は、かえって鋭さを増している。意外と、実戦に向いているのかもしれない。
「吸血鬼のテレーゼより、ずっと握力が強いのよ。人間離れどころではないほどにね。手に収まるものだったら、岩くらいはクッキーみたいに粉々にできる。飛んでくる刃も、だからその瞬間に掴んでいるのよ。受け止めたら、手なんか切り飛ばされちゃうわけだから。あれは、技ね。私の掌砲みたいなものかしら」
「な、なるほど」
 フェルサリに、本気で撃ち込んだ掌砲を見せたことはないが、今の言い方でわかっただろう。
 突き。思い切って懐に飛び込んで来たので、かわしざまに軽く投げ飛ばす。
「まあ、私も彼女に学ぶべき技術はあるでしょうね。機会があったら、私もご一緒させてもらうわ」
「はい。ニコールさんが帰ってくるのが楽しみです」
「じゃ、剣はこのくらいにして、飛礫の方を見せてもらおうかしら。フェルサリの本気、見せて頂戴」
「い、今までのも本気以上だったんですが・・・」
 フェルサリの息は上がりかけている。胸当てだけだが、想像していたより、負担になっただろう。そういうことにも、慣れていく必要がある。
 道場から庭の方に出たが、屋根がないというだけで、ここも道場の延長のようなものだ。壁際に樹木や茂みはあるが、訓練用の道具も揃っている。二人は並んでいる人型の前に立った。太い木の杭に横棒を通し、それを藁でくるみ、人の形を模したものだ。
 セシリアが促すと、フェルサリは鞄の中から飛礫を取り出し、軽く構えると、人型に向けて投げた。頭、胸の中央、鳩尾と、正確に当てていく。
 短刀を持ったまま、横に走りながら、鞄の蓋を開けると同時に、等々、フェルサリは様々な技を見せた。これは、中々に使えそうである。
 矢や弾丸に比べると威力は大きく落ちるとはいえ、高速で繰り出される石の塊が人を襲えば、ただでは済まない。ただ投げた、落ちてきた石が当たっただけでも怪我をすることがあるが、こうした技術を持った者が投げる飛礫は、当たった箇所の骨くらいだったら簡単に砕く。まともに頭に当たれば、一撃で即死だろう。
 フェルサリは、セシリアの生きてきた時間の倍近く、猟師をして生きてきた。セシリアの"娘"ではあるが、こういう部分に関しての敬意は、常にセシリアの胸の内にあるものだ。今見た飛礫の技にしてもそうだが、セシリアに教えられることの方が、フェルサリのそれよりずっと多いだろう。それでも、生きてきた時の長さでしか培われないものはあり、それはセシリアが決してフェルサリに及ばないものでもあるのだ。
 セシリアは、宙に向かって軽く石を放る。フェルサリがそれに向かって飛礫を投げる。これは簡単に見えるが、実はかなり難しい。それでもフェルサリは、十回のうち五回はそれに命中させてみせた。
 フェルサリの飛礫に関しては、今までに何度か見てやったことがある。本来持っていた技術は、猟師をしていた時に身につけたものである。獲物に気づかれずに近づき、飛礫を放つ。この技で、うさぎ等の小動物を狩っていたそうだ。ある意味それは実戦と言えるが、欠点を言えば、止まっている対象を相手にしていたことである。猟師としてはそれで良かったが、セシリアは動く対象に放つ技術を教えた。しかし、あるところまでしか教えていない。当時は鍛錬以上の意味はなく、まさか冒険者になると言い出すとは思ってもみなかったのだ。
 遊び半分で教えてきた技術も、そろそろ本気で教えてやらなくてはいけないだろう。
 ロベルトが道場を抜けて、庭の方へ足早に向かってきた。手紙を携えている。急ぎの依頼でもあったのだろうか。
「お館様、これを」
「ん。今日は天気がいいわね。あなたも少し、陽に当たったらいいわよ」
 忙しく動き回っているのはセシリアたちの為なのでいくらか勝手な言い草だが、こうでも言ってやらないと、ロベルトはのんびり休もうとはしないのだ。
「そうですね。たまには剣でも振りたいと思います」
「ふふ、いずれフェルサリに追い越されるわよ」
「まあ、年を取るまではそうあってほしくはないですけどね。そうもいかないようです。飛礫だけは、最初からまったく敵いませんでしたが」
「あなたの方が当分上だろうけど、今度剣で相手する時は、いくらか本気を出した方が良さそうね。ここ数ヶ月で、フェルサリは一気に伸びたから」
 聞いていた半エルフの少女は、少し顔を赤くしてうつむいていた。セシリアとしては、可憐なフェルサリと端正なロベルトはお似合いだと思っているのだが、二人にその気はないようで、仲のよい兄妹のような感じだった。それはそれで、似合っている気がする。
 ベンチに腰掛け、手紙を読む。
 今セシリアが居を構えているラテン都市同盟からずっと北東に、魔法連合領という、魔術師たちを盟主とする地域がある。依頼はその中の名門のひとつ、スキーレ・ペッカートル家からのものだ。
「スキーレ・ペッカートルからね。キメラの討伐ですって」
「キメラ、ですか」
 フェルサリが、少し上ずった声で言う。聞いて、次の冒険にはフェルサリを連れて行くと約束していたことを思い出した。
「フェルサリ、あなたが付いて行くというのは、お館様が一緒でも、少し危険かもしれませんよ」
 ロベルトは既に手紙の内容を把握している。一頭の合成獣、キメラであればフェルサリを一人にしなければどうということはないが、今回は数が多いらしい。詳細についてはあまり記されておらず、自分たちだけで複数相手にしなければならないのか、あるいはいくつかの冒険者パーティに声をかけているのか、今ひとつ判断できない。報酬金額や経費についての詳細こそあるが、文章自体はひどく情緒的で、依頼というより、ほとんど檄文といった感じなのだ。
 送り主は当主のスタニスラフではなく、一人娘で次期当主の、オルガになっている。
「この依頼は、受ける。このオルガって娘には、前から少し興味あったからね。他の子と交わした、ちょっとした約束もあるし。フェルサリは、うーん・・・」
 顔を上げると、フェルサリの青い瞳と目が合った。その真っすぐな眼差しをしばし受け止めた後、セシリアは決心した。
「連れて行くわ。この依頼は危険、これは安全と分けていくのも、先のことを考えると駄目な気もするし」
「はい!」
 ロベルトの溜息をかき消し、フェルサリが力強く返事をした。
「今晩、夜行で向かうわ、ロベルト。すぐに切符の手配をして頂戴。あと、現地の地図と情報ね」
「あ、切符の手配でしたら、私が・・・」
「フェルサリ、あなたにはまだ見せてもらってないものがあるから。短弓も使うんでしょう? と、その前に、飛礫ももう少し見ておかなくちゃね」
 急な依頼に、ロベルトが半ば駆け足で邸内に戻る。その背中を見送った後、セシリアは散らばっている飛礫を手に取った。
「じゃ、適当に投げてみて」
 フェルサリが、石を宙に放る。セシリアが、飛礫でそれを弾く。二つ、三つと同時に投げさせる。地面に落ちる前に、それら全てを、セシリアは手にした石で弾いてみせた。中には、飛礫には適さない石もあった。どんな石でも飛礫として使えるようになれば、一人前と言えるだろう。フェルサリは、ぼうっとした顔で、その様子を見ている。
「当てるだけだったら、鍛錬でこのくらいすぐに出来るようになるわ。止まっている的だったら、フェルサリは既に百発百中なんだから」
 動いている対象に当てるのは、技術もそうだが、慣れが必要なのである。正確に投げる技術に加えて、目標がどう動くかを瞬時に判断しなくてはならないからだ。加えて、もうひとつ大切なことがあると、セシリアは思っていた。
「ある程度当たることを前提として、狙ったものを、撃ち抜く。そんな感覚も必要なんじゃないかしら。当たれ、ではなく、撃ち抜け、という気持ちね」
 ただ当たれ、だと、当てることだけに気持ちがいって、振りが小さくなるのだ。特に飛礫のような、自分の力で発射する武器は、威力の低下は致命的な欠点になる。
 それに、一歩先を想定することで、逆にいくらか精度が増すこともある。万人がそういうわけではないが、少なくともセシリアはそうで、フェルサリに関しても、そういう気持ちが大事だという気がする。
 戦士としてではなく、護身を主として武術を教えてきた。それでもフェルサリには、冒険者となりたいという秘めた思いがあった。そして、教えた以上のことを身につけていた。
 フェルサリの武に天稟はない。咄嗟の動きや無意識の体捌きには、まるで見るものがないのだ。しかし資質に欠けるというのは、運動能力や反射神経の話で、その心の有り様は、あるいは戦士や冒険者として、光るものを持っているのかもしれない。
 セシリアが、宙に石を放る。フェルサリが、投擲の動作に入る。
 撃ち抜け。もう、そんな目になっている。

 

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